Category:culture  Tag:ヴィーガン / 坂本龍一 / 断食 / 福岡伸一 / 自然 / 音楽

坂本龍一さんと福岡伸一さんの対談で思い出した、人間、マインドのコントロールから肉体がはずれた断食体験。

坂本龍一さんと福岡伸一さんの対談後半は坂本さんが福岡さんにインタビューするかたちではじまり動的平衡のお話も出てきて面白い。

福岡さん自身がご自分の研究はロゴスの極みと言っていましたが、遺伝子一つ一つに名前をつけマウスの遺伝子を操作して遺伝子である部品を一つ削除して異常を引き起こすかどうか実験したことがあり、何も異常が出ずマウスは元気で次の世代にも異常がでなかったそうで。異常が起こるだろうと機械論的な頭で考えていたけれど一つ欠けても問題が何も起こらなかったらしい。部品が一つなくても新たなバランスを立ち上げることができる、そこには生命があるという当たり前のことに気づいたと。ロゴス、言葉で自然現象を切り取りすぎるとそのものの本質を見失いがち。

結局何も異常が起こらなかった遺伝子実験の挫折体験から動的平衡の考えへ行きついたらしいのですがその動物実験が良い悪いとロゴス的に判断するのではなくその実験という山を登らなければ次の山、風景が見えなかったわけで。福岡さんにとって大切な気づき、体験だったんだなと。

坂本さん自身もたくさんの音楽を生み出しながら、たくさんの山をのぼった今だからこそ「async」というニューアルバムにたどりついたと。そして実際に登ったからこそ今、次に登る山がいくつか見えてきたらしい。

何に気づくかということもタイミングも人それぞれ違うわけで。それぞれのプロセスがあり、遅い早いとか良い悪いとかそういところを超えてその人にとってぴったりのタイミングでその人に必要な気づきがやってくるんだろうな。

遺伝子を1つ削除しても新たなバランスを立ち上げる回復力、生命力があるということは、人間の頭、実験では計り知れない生命の謎、自然の仕組みがあるということをはっきり福岡さんは語られていました。私たちの肉体も自然の一部でありそこには実験や人間の頭で説明できない自然現象がたくさんある。カラダは物でなく生き物なので。それは毎日自分のカラダを観察しているとよくわかるんです。

福岡さんが研究されている動的平衡とは、簡単に言うと行ったり来たりすること。

生物はすべて分子で成り立っており、対談ではネズミとチーズの例で動的平衡を説明されていました。ネズミがチーズを食べることによってネズミのカラダが反応しネズミを構成する分子の一部が分解されチーズの分子に置き換えられるということ。食べたものがからだを作るとよく言われますが、食べたものの分子の一部がカラダの分子の一部になるということ。とてもわかりやすい。

人間も分子レベルでは1年ほどで全く別の分子に置き換わっているらしい。生き物の外と中を分子が行き来するこれが動的平衡の考え方。目で見えないけれど人間も生き物も環境、自然もとても風通しの良い関係だと言える。ということは当たり前の話ですが食べるものだけでなく空気や環境などすべてに影響されるということでもありますよね。

お二人の対談から、今実践中の砂糖、タバコ、アルコール、カフェイン、ナス科の野菜なしのヴィーガンという食スタイルも人間、マインド、エゴのコントロールから自然の一部である肉体を解放していく作業だったと再確認できたのですが、人間、マインド、エゴのコントロールがいかに強力かに以前気づいたことがあって。今思えば福岡さんの研究されている動的平衡も同時に体験したと言えるかも。

それは10日間の断食に参加した時のこと。もう7〜8年ほど前になるのかな。こんな風景が広がる山の中のホテルでの断食でした。 fasting01 断食会場に到着した時は初めての断食体験だったのでややテンション高め。体調が悪いわけではなくとっても元気でした。しかし翌朝断食初日、急激なカラダの変化にびっくり…。カラダが重く何だか気持ちが悪い。風邪気味でもなかったし熱もない。だるいというかベッドから起き上がれない。

断食期間中、毎日朝夕のシェアタイムがあるのですがなんとか参加するために部屋から出て椅子に座ったはいいけれど頭を持ち上げられず下にだらっと上半身を持ち上げられない状態でシェアタイムがスタート。私の状態を見ていた主催者がすぐに前へきて今の状態を話してみてと。そこで自分のカラダの状況をダラっとした格好でシェアしたような記憶があります。そしてアドバイスが一言「マインドのコントロールが外れたんだね。滝へ行ってごらん。」と。

私は元気だと思っていただけで、実は体の中はエネルギーがなく充電切れだったわけで。じゃあなぜ体は普通に動いていたのか。それはマインド、エゴ主導でエネルギーがなくても弱音を吐かず頑張りなさいと無意識に体をコントロールしていたということ。これはなかなか気づけない。昔の私ならさらにエネルギー切れの体にコーヒーや白砂糖の甘いもの、暴飲暴食で鞭を打ち体と戦っていました。

ぐったりした体をなんとか起こしてメンバーについて滝へ。山の上で断食しているにもかかわらずさらに上を目指して山を登っていかなければならないので気分も悪く体も重いと大変でしたが。なんとか山を登って滝へ到着しました。そしてこの写真、この滝に入ったんです。 fasting02 そうしたらあれ?カラダがシャキッとスッキリ。え?!何が起こったの?という感じ。滝、冷水のエネルギーはすごいよというお話は聞いていましたがこんなにも一瞬にカラダが変わってしまうなんてビックリ。エネルギーを一瞬にしてチャージできる滝ってすごいかも。自然の中にはエネルギーが満ち溢れている。カラダにエネルギーを与える方法は食べることだけではないと感じた瞬間でもありました。

この写真の滝に思いっきり打たれたというわけではなく滝のちょうど裏側が歩けるようになっていてそこでこぼれてきた滝の水やしぶきを浴びる感じ。その後滝の目の前に溜まった冷水の中にも入ってみましたが。震えるぐらいめちゃくちゃ冷たいけれど気持ちいい。

水道水とは違う、山という自然から吹き出す水は半端ないエネルギー、生命力を持っているんだと感じた瞬間でした。もちろん冷水なので冷たいのですがそれも自然あるがまま。水も生きている。

滝は修行僧の滝行のイメージでしたが、いやいやお坊さんに独占させておくのはもったいないと思ったり。生きている生命エネルギーをカラダにチャージするには最高の場所でした。帰り道、断食会場であるホテルまではカラダが軽いし気分は最高でした。

この時、毎日無意識にどれだけ自分の体をコントロールしているのかがよくわかったんです。自分では元気だと思っていたけれど無意識にしっかりやるべきことをやりなさい行動しなさい頑張りなさいとマインドが言い聞かせコントロールしていた。全くそんなつもりはなかったのですが。

自然のエネルギーが強い場所に行くと、おそらく福岡さんの言う動的平衡が空気や環境とカラダの間で起こり自然の一部であるカラダにスイッチが入ったんだろうと思います。カラダ主導、自然主導になった私のカラダは、人間のコントロール、マインドのコントロール、エゴのコントロールから一気に外れ一気にぐったりしてしまった。ぐったりした姿は恐怖と思うかもしれませんが本来の姿に戻ったというだけのこと。全く気づかなかったけれど私の体はとても疲れていた。毎日、無意識に私、マインド、エゴが体をコントロールしていることが今はよくわかる。

この滝での体験で、滝から吹き出す水のエネルギー、分子と私の体の分子が行き来し福岡さんのいう動的平衡が起こっていたんだなと思うと興味深い。目に見えないけれど分子が常に行ったり来たりして影響し合っている。口から食べ物を入れなくてもカラダの周りに存在する、太陽、空気や水、感情などすべてはエネルギーで影響し合っていることも腑に落ちる。

いまだ福島で出し続けている放射能も、農薬も排気ガスもタバコの副流煙もカラダも食べ物も物質ではなくエネルギー。そしてすべては分子レベルで行き来ができる風通しのよいエネルギーということが体験からもよくわかる。だから環境が汚れる、自然を操作するということは自動的に自然、環境の一部であるカラダも汚れる、操作されるということ。ここからここまでと切ることはできないしすべては繋がっていると感じる。

現代社会では疲れて果てエネルギーがなく、消耗しきっているにも関わらずカラダに鞭を打って頑張れと無意識にコントロールしている。疲れきった体、消耗しきったカラダにさらにカフェインやアルコール、白砂糖でエネルギーチャージさせているつもりかもしれませんが、実は肉体をさらに疲弊、消耗させている。

人間は自然の一部であるカラダをコントロールしようと無意識に戦っている。現代の食生活はとても人工的、人間、マインドにコントロールされているわけで。その人間のコントロール、マインドのコントロールからフリーになるには意識だけではなく食べることを見直すことが結構大切になってくる気がしている。意識を変える前に体の声を聞きながら食べることをしていくと自然と意識も変換されていく。そしてその人間、マインド、エゴのコントロールがいかに強力かということをコントロールから外れるとよくわかる。

私はアルコール、カフェインはすぐやめられましたが、砂糖からフリーになるのは大変だったので。砂糖中毒もある意味マインド、人間のコントロール。砂糖を口にしないことはある簡単。でも何か口がさみしく食べないではいられない異常な食欲というか頭がマインドがもっともっと欲しいという抑えられない欲求がすさまじかった。異常な食べ方はやはり砂糖のコントロールからはずれてそういうことかとはじめてわかったことで。砂糖依存、砂糖によって本来の姿が失われカラダに必要ないものをむやみに食べ内臓を消耗してしまう。食に限ったことではないですが食べることも先祖代々受け継がれているコントロールでもありますから。

アルコール、カフェイン、砂糖など自分にあわない食べ物からフリーになると食べることに対する態度、意識も変わってくる。カラダの声に従うと食べ過ぎることができなくなってくるし、毎日3食〇〇品目を食べなければならないとかそういうところのコントロールからも自然にはずれていく。本来の自分の食スタイルにもどっていく。そして時には食べない方が集中できたりと不食という世界や次に見える山、景色も変わってくる。

福岡さんも現代社会のロゴス、人間のコントロールの強力さを話されていましたが本当に私もその通りだなとカラダをいつも観察しながら思ってしまう。次回につづきます。


Category:culture  Tag:ヴィーガン / 坂本龍一 / 福岡伸一 / 自然 / 音楽

坂本龍一さんと福岡伸一さんの対談で再認識。私にとってヴィーガンという食スタイルはカラダを人間のコントロールから解放するというチャレンジ。

先日音楽家の坂本龍一さんと生物学者の福岡伸一さんの対談がとても面白かった。彼らの対談から、あっそういうことだった、忘れていたなと再認識。ずっと言われ続けていたことなのでわかったつもりになっていましたがやっと腑に落ちた瞬間でした。私にとって現在の食スタイルは人間、マインド、エゴのコントロールからカラダを解放するというチャレンジ。これが今のところ一番しっくりくる説明のような気がする。

このブログタイトルもわかりやすくヴィーガンライフとしていますが、表現しきれているかといえばやや微妙。肉体である自然は日々変化し全く同じ日がないし食スタイルも常に変化しているし、ヴィーガン、完全菜食というだけでなくアルコール、砂糖、カフェイン、タバコ、ナス科の野菜などカラダがいらないと言ってくるものは食べていないので。

今の私は「良い食べ物はこれ、悪い食べ物はこれ…。」というわけでもなく「もっと長生きしたい。」というわけでもなく「もっと健康になりたい。」というもっともっとという状態でもないのです。

ただカラダをあるがままの本来の姿に戻す、人間、マインド、エゴのコントロールから解放するというそれにつきると思いました。たまたま私の場合は原因不明のカラダの症状や病気によって食べることを見直すことからそのチャレンジがスタートしましたが。

有名な音楽家と生物学者という全く現在の私と関係のない分野の方々の対談がどう関係するの?と思われるかもしれませんが通じることが多々ありうなずきまくり。確かに坂本龍一さんの音楽は好きだし、彼の存在、考え方はいつも気になっていた。福岡伸一さんはコラムがおもしろく私でも理解しやすいのでこちらも気になる存在でした。

対談は福岡さんが坂本さんをインタビューするかたちで坂本さんのニューアルバムのコンサート会場(NY)ではじまる。

8年ぶりに発表された坂本龍一さんのニューアルバム「async」。日本語で「非同期」ずれるという意味。同期しまくりの現代社会とは真逆のタイトル。

坂本さんは2014年、中咽頭ガンと宣告され治療に専念されたのですが、その間に完全菜食、ヴィーガンになられ現在では魚介類は食べるとのこと。お肉は一切食べていないそう。

坂本さんが今最も気になる音、大切にしている音は「Noise」。子供達の声、雨音、都会の喧騒であったり、自然が奏でる音は秩序立っていない、そろっていない、ずれている。「async」では楽器音に環境音や自然音という坂本さんが今聴きたいと思う音を集めコンピューターに取り込み織り交ぜている。自然音や環境音はそれぞれの音が固有のテンポを持ち、一見ノイズととらえ排除しがちだが排除するのではなく一つの曲に共存しているそんな世界。視聴してみましたがとても良かった。

坂本さん曰く音楽もノイズはますます排除され人工的にコントロールされていると。楽譜も人間が秩序立てて構成されたものであってそれが良いとか悪いとかロゴス的な切り取り方をするのではなく、そもそも音、音楽とは何なのか本質を問いていました。

ロゴスとは。ロゴスは言葉、意味、概念。福岡さんが対談でわかりやすく説明をされていました。人間は言葉による分ける力、分節の力がものすごく、秩序を作って名前をつけて切り取る作業をたくさんしてきた。切り取られすぎると本来の姿、自然の姿、奥深さが見えなくなる。例えば空にはたくさんの星があるけれど人間はそれを点として抽出し、切り取った星座として名前をつける。そこに存在するその星の奥深さ、大きさや距離など全く同じものはないわけで一度切り取ってしまうとその星の本来の姿は置き去りにされてしまい表面だけを見てしまうことになる。星座と名付けることが良い悪いそういうことを言っているわけではないですよ。

ちょっと思い出したことがあって。ある子供は魚というものは切り身が海で泳いでいると思っていたという話。スーパーで買う魚はいつも切り身だったから。本来は魚という全体の姿があるわけで。その話と似てるなと。

坂本さんが10代のころに出会ったジョンケージという音楽家がいるそうで、彼は1952年にノイズを聴いてみようと音を人間のコントロールから解放することにチャレンジした方らしい。坂本さんもそれにチャレンジされていて。ピアノをあえて普通に弾くのではなく叩いたり金属でガリガリとやったりズラして演奏したり。これは弾くよりも予測不可能になり、だから音、音楽は一回性のものであって毎回同じ結果にはならないと。そしてその一回性に意味がありそこにアウラ(オーラ)があると。

発売前の坂本さんのコメントに「誰にも聴かせたくない。自分だけで聴いていたい。」とあったらしいのですが、それは単に独り占め、ただ単に聴かせたくないということではなくコピー、複製、複製、複製という行為で音楽を共有するというよりは、音、音楽の一回性を大切にしたいという思いからなのでは?と福岡さんが言い当てていました。

この複製という響きは養殖にちょっとリンクしました。物を複製する感覚でもっともっとたくさん人工的に同じ種類の生き物を作るという流れ。そこには命があるわけで。人間が命を薬漬けにしてコントロールして作っていいものなのだろうかと思ったり。

坂本さんは音楽、音を本来の姿に戻したいと。ピアノも人工的な加工を経て作られているわけですが、そもそもは木と鉄でできているわけで人間のコントロールから解放してあげたいと。音、音楽の一回性を大切にしながら坂本さんは音楽家として音、音楽を人間のコントロールから外すチャレンジをされているということがよくわかった。

私が実践している食生活がまさに人間、マインド、エゴのコントロールから肉体を解放するという地道な作業。坂本さんの音、音楽に向き合う姿勢と通じるものがありました。自然の一部であるカラダは常に私たちに語りかけている。眠気、だるさ、音、痛み、かゆみ、ただれ、匂い、出血などすべてカラダの声はノイズ、怖いもの、嫌なもの、ネガティブなものいらないものとして排除されがちですが、本来排除すべきものではなく必要なもの。

薬や手術など排除したりその生命の流れを止めてしまう近代医学の考え方はまさにロゴス的。〇〇病とすぐ病名をつけて表面だけを切り取る。病気は悪で健康が良いと何でも名前、レッテルをはりわけて判断してしまう。ロゴス的発想では自然を理解すること、自然である肉体の奥深さ、様々な細胞や内臓の全体としての働きや自然、環境とのつながりなど本来の姿を見ることはできない。

私たちの肉体も人生も一回性。生命も一回性。一回性だからこそそこにアウラがある。病気もそのアウラ、生命が宿る肉体の周りにある層を破って侵入してくる。だから肉体に症状が出るということは随分前からその病気というプロセスは始まっているということになる。肉体が元気であればその周りの層がしっかりバリアをしてくれるのでそうそう病原菌が侵入してくることもないという話を以前聞いたことがある。

電子レンジも便利かもしれませんがアウラ、生命力はなくなってしまう。目に見えることだけ、物質だけを見ていると本質が見えなくなる。

書ききれないので次回に続きます。

明日金曜日の24時からNHKEテレでこの対談、SWITCHインタビューの再放送があるようです。ご興味のある方はぜひ。


Category:health  Tag:ヴィーガン / 自然

春は肝臓、スタートの季節。あなたの肝臓はお元気ですか?

ここのところストレートのみかんジュースや果物を食べたいと思わなかったので全く買っていなかったのですが、週末久しぶりに柑橘系の果物を食べたくなって。食べたらめちゃくちゃカラダが喜ぶ喜ぶ。

酸味は肝臓さんが喜ぶ味。肝臓のエネルギー、波長は春のスタートエネルギーと同じ。レモンは肝臓さんの大好物。すっぱいものは基本的に好んで食べますが、そんなカラダ(=自然)の声に傾けながら春の訪れを感じる今日この頃。

肝臓さんはいつもやることがてんこ盛り。排毒や解毒作業などたくさん変換作業をしている。いくらオーガニックや体にいいからと言っても食べ過ぎたら肝臓さんのエネルギーを奪うことになる。

肝臓さんに負担をかけるものは動物性食品だけでなく、トマト、アルコール、砂糖、タバコ、カフェイン…などなどいろいろありますが…。私はそれらを食べると反応が出るので食べられないものばかり。

エネルギーである食べ物だけじゃなく、怒りや期待などの感情(エネルギー)もためこんでいたりすると肝臓さんのエネルギーが奪われ、肝臓の機能が低下するから本来のパワーを出せずブレーキをかけながら頑張って生活しているようなもの。肝臓に負担をかけ肝臓のエネルギーを消耗していると、実際何かをはじめたい、はじめようとした時にエネルギーを使えずうまくスタートがきれなくなる。

肝臓がやられてる人の体臭はすっぱい。これもカラダのサインだから良い悪いではなく自然なこと。でも人間は嫌なものにはすぐ蓋をしてしまうからせっかくのサインに気づきづらくなってしまう。何とか体臭を消そうといくら対処しても意味がなく、全体の調和が乱れている自然の摂理からはなれているというサインだから、ただそれに気づいて実践するだけ。

ヴィーガン、アルコール、砂糖など合わない、または本来必要ないものをカラダに入れなくなって、体臭は消えるというよりは内臓の調和がとれて体臭を出す必要がなくなったと感じます。全く体臭がないわけではないですよ。ちなみにいつの間にかヴィーガンになってしまった両親の加齢臭はゼロ。全く嫌な臭いがない。

肝臓が(もちろん肝臓だけでなく肉体が)調和していれば、春のスタートを気持ちよくエネルギッシュにきれるし本来持っているパワー、パフォーマンスをそれぞれがそれぞれの好きな分野で発揮できる。肝臓からのサインは他にもいろいろあるけれどまたの機会に。

陰陽五行の基本をたまに思いだすけれど、自然、一番身近な肉体を観察することは本当に面白い。そうそう、昨年末にゴミを出し切ったせいかやっぱり今年に入って花粉症の反応なし。すこ〜し目のキワのかゆみなどが一瞬ありましたが…。観察の毎日です。


Category:memo  Tag:エネルギー / ヴィーガン / 健康 / 映画 / 自然

Thrive(スライヴ)

数年前に出会ったドキュメンタリー映画Thrive(スライヴ)。ヴィーガンになって11年目、薬や病院に全くお世話にならなくなった現在の私にとって社会や経済の仕組みに関してなるほど腑に落ちる内容でした。既に本やネットなどで入手できる情報なので今さらという感じかもしれませんが。

医療費ゼロの私の食生活、病気との関係はマスコミが発信しているほとんどの情報と真逆の世界。「病気=恐怖」と捉え「病気をなおす、何とかしよう。」ではなくそれを超えたところにある。病気や目の前の現象に対して戦わずサレンダーして何もしない。ただ観察するのみ。病気は調和に満ちた私たちへのメッセージなんです。

この映画、闇の世界(支配者)の罠だという意見など賛否両論あるようですが…。この内容について本当なのか嘘なのか、罠なのか、議論するつもりは全くありません。証拠はあるのか?誰が言ったから信じるということではなく、自分の感覚や体験を大切に、いいとこどりで。

海外のThrive公式サイトやYouTubeでも見ることができ、DVDも発売されています。Thriveの情報がすべてとは言いませんが、病気や食のあり方と同様エネルギー問題や政治など、さまざまな見えない仕組みや利権の中でどうしようもなくなっている今の時代、特に社会や経済の仕組みを知るにはわかりやすくていいかも。たくさんある情報の中の1つとしておすすめです。



UFOやフリーエネルギーなど興味深い内容もありますが、ピンときた方はぜひ!

そうそう、社会の仕組みと言えばクリエイティブ集団が立ち上げたTHINKERというサイトもいいかも。「戦争のしくみ」「お金のしくみ」「ワクチン」などなどわかりやすい。そのTHINKERから「マスコミとお金は人の幸せをこうして食べている(5次元文庫)」という本も出ていますよ。


Category:memo  Tag:エネルギー / ヴィーガン / 自然

原発、地震、病気、VEGANの私

熊本県の地震、被災された方々を思うと言葉もありません。いつどこで何が起こるかわからないこのご時世。自分のカラダと同様、自然は私たちがコントロール(想定)できるものではないとつくづく思います。

東北大震災では大地震や津波、福島原発事故、こちらも大変なことが起こりました。そしてチェルノブイリ事故から今年で30年。廃炉方法がわからずどうしようもない状況。

先月最初の週末だったかな。土曜日13時からの「久米宏のラジオなんですけど」を聞いていたら城南信用金庫の相談役である吉原毅さんがゲストでした。東日本大震災による福島第一原発事故後に「脱原発」「原発に頼らない安心できる社会づくり」をすぐに発信された城南信用金庫さん。今でもはっきり覚えています。

原発でつくられた電気コストについて久米さんとゲストがお話されていました。もともとあった福島のすばらしい自然豊かな土地を奪い住めなくなるだけでなく、精神的なダメージ、補償、事故後の処理や管理(何十年、いやいつ終わるかもわからない)などなどそれらすべてのコストが現在原発でつくられているエネルギーコストに入っていないと。燃料費だけでなくそれらのトータルコストを考えると原発の電気が安いわけがないと。

工場で火事があった場合、即生産中止。原因究明がされしっかりとした安全対策があってやっと再生産となるに対して原発は?

吉原毅さんのお話の中で信用金庫の理念について語っておられ、お金を貸す時はお客様に本当に今貸すべきタイミングなのか、そのお金を貸すことでお客様が大変な問題をかかえることになり潰れてしまうことはないのかとその先のことまで考え最終的にお客様が不幸になる可能性がある場合はお金を貸さないという選択肢があると。儲からないから貸さないではないんですよね。やっぱり城南信用金庫さんはすごいなぁと。本当に持続可能な社会や人々、環境など全体のコトを考えていらっしゃる。

今もなお、福島原発事故後の処理は終わっていない。安全神話をみな信じこんでいたけれど次は原発が安いと言っているそれを鵜呑みにしてそれしかないと信じている節もある。

はっきりいって安全か危険かは一目瞭然。そんな議論をしている場合ではなく、今すぐ原発をやめたとしても、これから何十年、いやどれくらいかかるかわからない福島原発事故後の処理、はたまた今もずっと出し続けている大量の使用済み核燃料(ゴミ)の処理や管理なども含め誰もがどうしたらよいかわからない。

原発の話や病気、ヴィーガンの話は全く関係ないように見えるかもしれませんが、「生きていくには、肉や魚や卵や牛乳 、白砂糖は必要。それなしでは生きていけない。」という声と「生きていくには原発が必要。原発しかない。」という声がどうしてもリンクしてしまう。慣れ親しんだやり方の中でそれが1番と信じこむそんなところに違和感を感じてしまう。

私も従来の栄養学の通り肉、魚、卵、白米、白砂糖、牛乳などを喜んで食べていた1人。現在とは真逆の食生活でした。私の場合、カラダ(=自然)はどんどん不調和の状態(=病気)へ。しかし、たくさんの方々のサポートでヴィーガンという食スタイルに方向転換し動物性食品、アルコール、砂糖無しで普通に生きています。しかも原因不明のカラダの症状は消え病院にお世話になる必要もなくなってしまった。さらには「不食」という世界もすでにあり、その域になると食料問題という「問題」が問題でなくなってしまうわけで。

動物性食品、農薬や化学肥料たっぷりのF1種野菜やお米、薬に頼らず、環境にも肉体にも負担をかけない食スタイルは存在する。原発に頼らずとも持続可能な安全でクリーンなエネルギーで生活できる可能性も存在するはず。

食生活を変えただけですが世の中の見方や入ってくる情報もどんどん変化していることに気づきます。パナマ文書だけでなく知らない、いや知らされていないことがまだまだたくさんある。

社会や経済の仕組みについてわかりやすくまとめたドキュメンタリー映画があるのですが、こちらはまたの機会に。


Category:culture  Tag:アート / デザイン / 自然

DIC川村記念美術館のマーク・ロスコ

DIC川村記念美術館にあるマーク・ロスコのシーグラム壁画。赤の色といいとてもステキで落ち着きます。マーク・ロスコルームでもボーッとできますが、千葉県佐倉市にあるこの美術館、自然散策路もあるのでそちらでのんびりするのもオススメです。 IMG_3137


Category:culture  Tag:原宿 / 自然

明治神宮でお礼参り

ずいぶん前から初詣には行かず毎年一年の終わりにお礼参りをすることが恒例になっています。

今年も一年ありがとうございました。感謝。


Category:memo  Tag:自然

CHRISTMAS EVE

ステキなイブを☆


Category:memo  Tag: / 自然

最近の夕焼け

最近の空、特に夕焼けがすごくキレイ!


Category:memo  Tag: / 自然

東京の夕焼け

今日も暑かったけれど、夕焼けがとってもきれいでした。


スポンサードリンク

about(自己紹介)
自己紹介写真 こんにちは! 穀物菜食(VEGAN)という食スタイルに 出会ってから、ずっとつらかった原因不明の カラダの症状がいつのまにか消えていました。 動物性食品、ナス科の野菜(トマト、じゃがいも、なす、ピーマン、唐辛子)、アルコール、カフェイン、 白砂糖なしのVEGAN LIFE(ビーガン ライフ)を楽しみながら 日々の気になることを綴っています。

スポンサードリンク

category(カテゴリー)

tag(タグ)

スポンサードリンク