Category:health  Tag:デトックス / ヴィーガン / 健康 / 甘味料 / 砂糖 / 花粉症

春のデトックスは1年のカラダの総決算。花粉症もカラダにたまったゴミを出すチャンスだよ。

日本人の約4割が花粉症とか。私もその一人だったから本当に辛かった日々を思い出す。カラダの声を聞いて意識的に食べることを実践するだけで花粉症は消えるし花粉症対策もいらなくなるよ。お財布にもやさしいし、サプリメントや瞑想、運動や修行、ポジティブ思考、〇〇〇ワークとかそういったものも特にやっていない。それらが良いとか悪いとかそういうことを議論したいわけではなく、個人的にシンプルな生活、可能な限り日々やるべきことを最小限にしてやりたいこと、今やるべきことに集中したいタイプというか単純に面倒くさがりなんですよね。

面倒だと個人的に感じること、例えばある場所に行かないとできないとか、わざわざ何かを買わないとできないとか、年会費や実践するたびにお金がかかるとか、必ずグループに所属しなければならないとか、そういうものだとなかなか私の場合は続かない。日常の延長がいい。

というよりこのご時世、いつ、どこで、何が起こるかわからないじゃないですか。災害だけでなく想定外のことはふつうに起こり得る。そんな時、電気や水道、ガス、PCが必ずしも使えるとも限らず、外出できない、家財道具や家など全て一瞬にして失ってしまうわけで。

そんな時代だからこそ何かに依存するって危ういなと思うのです。〇〇がないと生きていけない、そういうものがあればあるほど失ったショックは大きく、失う恐怖も強くなる。でもあってもなくてもなくても大丈夫だと思えるそんな感覚がこれからの時代より大切かなと個人的には感じていて。何もなくてもまたゼロから立ち上がれる力というか。

そしてお金がかからなければかからないほどいいじゃないですか。不測の事態でお金を持っていても通常どおり使えるとは限らない。だから何もなくてもなんとかなると既に知っているそんな感覚があると強いなと。今、ここを信じる力は、日々カラダとの対話で培われ、私もカラダも宇宙、自然の一部であり全てと繋がっていることを感じるから恐怖よりも安心感が強くなる。全体性に気づくと外側で何が起ころうともブレなくなる。自然は太陽も空気も無償で私たちに毎日与えてくれているし、私たちの内側にある完璧で最高に優秀なドクターも無償だからありがたい。でもそこには信頼関係がないとカラダの声はなかなか聞き取れないけどね。

私の場合、動物性由来のもの、アルコール、カフェイン、砂糖のエネルギー(波動)をカラダにインプットしなくなったら春に大量のあごニキビや花粉症によってゴミを出す必要がなくなってきた。私のカラダはこれらのエネルギー(波動)をカラダに与えるとNO!というサインを出してくる。

今日ラジオからドキッとするエピソードが聞こえて一瞬かたまった…。花粉症や年中ある鼻炎、鼻詰まりを薬に頼らず治すために鼻の粘膜を焼くレーザー手術を昨年したそうで。それで完治したならよかったよかったという話なのですが、3年もつだろう(個人的にはたったの3年しかもたないの?と思ってしまいましたが…)と言われたレーザー手術をし、術後の死にそうな副作用(大量の鼻水と鼻詰まりだったそうで)を乗り越えたにも関わらず今年、つまり今もひどい花粉症に悩まされていると。あまりに辛いので別のお医者さんへ診てもらったら「鼻の肩穴がレーザー手術の後、腫れたまま固まってしまったらしく死んでしまってるからそこを切り取りましょうか?」と。

ご本人は笑いながら話をしていたけど、いや笑うしかないんだろうけど、リスナーの私はいろいろ想像してしまって自分ごとのようにそのラジオの方のカラダは大丈夫なんだろうか⁈と思ってしまった…。こういう現実もあるんだね。

花粉症や鼻水、鼻詰まり、全てカラダの症状はカラダの不調和のサイン。病院、手術、薬で何とかしようと戦っても恐怖に基づくエネルギーの循環の中で堂々めぐり。まさにそれをそのまま体験されていた。何かよい方法を一生懸命探しているようでしたが、ネット情報で「〇〇〇で治った。」とあってもあやしそうで信じられないようなことを言っていました。

たぶん「花粉症は消える。治る。」とこのブログにアップしてもなかなか世の中では信じがたいあやしいものなんだね。有名人やステータスのある人物、権威のある大学病院の先生など、そんな方から発信された情報や公的なエビデンスに基づいた情報、数値の方が自動的に安心だと感じ受け入れられるんだね。

「お金でも人でも情報でも何においても受け取る人が準備できていないと受け取ることはできない。」と聞いたことがあったけど全くその通りで。例えば誰かが困っている私に良かれと思い情報を提供してくれたとしても、その時の私がその情報の価値に気づいておらずその情報を必要としていない、ほしいと思っていない場合は全く響かないし受け取れない。

そして、情報を提供する側の意識も結構大切で。「誰かを助けたい」「誰かを癒してあげたい」そういう想いや意識、状態で発信すると「助けてほしい」「癒してほしい」という依存的な人が目の前にたくさん現れる。というよりそういう依存的な人々を現実に自分でつくり出しているということなんだよね。自分の中にあるもの、意識(エネルギー)が外側に現れる。病気も自分の中にある必要のないゴミ(エネルギー)が外側に現象化されているシンプルなカラダの表現。

実はカラダを観察していると、自然のしくみには「かわいそう」などという「情」は一切なく、自然の一部であるカラダは、私たちを「助ける」というより常に見守り「サポート」をしてくれているということがよくわかってくる。「情」がないということは今の私たちにとっては冷たいと感じるかもしれない。でも自然の仕組みはそういうものなんだよね。すぐに「答え」を与えるようなことは決してなくて、私たちが気づくまでずっと見守りながらサインをおくり続けてくれる。花粉症もそうだよ。自然は容赦しないからね。耐え難い症状を体験することもあるけれどそれも罰ではなくシンプルにカラダからの不調和のサイン。

そういえば花粉症になった年は、徹夜仕事があったり圧倒的に睡眠時間が不足していて食生活もめちゃくちゃでした。そんな時に取り組んでいた仕事が新しく発売される2種類のお酒。でもねネーミングがちょっと変だったんですよね。一つは「森羅万象」でこちらはありかもしれないけれど、もう一つが「すやすや」で、なぜこんなネーミングになったの⁈と思っていました。当時はこの2つのネーミング、ただ変な商品名だなぁと思っていただけだったけれど今はあらためてビックリする。私に必要なメッセージだったんだなと。寝不足の私に「寝なさい」自然の流れに逆らって必死に頑張る生活をしていた私に「流れに戦わず、自然、宇宙とつながりなさい」とサインをおくってくれていたんだよね。カラダのサインだけでなく至る所でこんなこともたくさん起こっているんだよね。リラックスして俯瞰的視点がないとなかなか気づけないことが多いけど。だから今、ここに意識を集中させるってすごくおもしろい。自分に必要なヒント、アイディア、メッセージ、そう宝物が身の回りのいろんなところに隠れてる。まさにリアルRPGだよね。個人的にはヴィーガンになって、アルコールや砂糖などの依存しやすいエネルギーをカラダにインプットしなくなるとそれに気づきやすくなってくる気がしている。

そして、そのサインになかなか気づかなかったとしても、自然、宇宙は、私を決して責めたりせず受け取れるその時までじっと待っていてくれるんだよね。耐え難い症状の真っ只中にいる時は痛くて辛くて一瞬冷たいように感じるかもしれないけれど、全体で完璧なプロセスでカラダを調和に導いてくれるから最終的には「愛」を感じられるんだよね。これは「愛情」じゃないよ。「愛情」は全く別物。

私も気をつけていないと結構無意識にやってしまっている行動が、子供や目の前の人の「自分で気づくチャンス」をよかれと思い混み奪ってしまうこと。実は、自分で気づくことがとても重要で。病気(カラダ)に対して戦わず、介入せず、観察しサポートすることと全く同じで、これが自然の仕組みでは基本なんですよね。だから家族だろうと子供だろうと友人だろうと介入せず、それぞれのオリジナルのプロセスを尊重し見守ることを意識するようになってきた。

だから「誰かを助けたい」というより「今、目の前の人に必要なサポートとは何なのか。」を意識して必要な人に必要なことが届けばいいなと個人的な体験をこのブログに綴っています。私も今まで、そして今も家族を含む周囲の人、自然や自然の一部であるカラダ、本、ブログなど、たくさんのサポートを受けている。大切なことを聞いても受け取れる準備が整ってないとなかなか腑に落ちるところまでいかないことが多い。でも誰かのサポートの前にまず「自分を整える」「自分を満たす」「自分を愛する」ことが先決だけどね。

全てはエネルギー、波動だね。「気づくタイミング」も「何に気づくか」も人それぞれで良い悪い、早い遅い、高い低いも関係ないし、最終的に自分を助けられるのは自分しかいない。花粉症に嘆いていたラジオの方は薬でなんとか少しはおさまっているようでした。その方にとって根本からカラダが解放されるピッタリの方法と出会えるといいな。

春は肝臓の季節。自然は完璧だからカラダとともにどんな意識でどんな過ごし方をしてきたのか1年の全てが現れる。誰も見てないと思っても自然、宇宙は騙せない。自然の法則では意識、無意識関係なく自分が自分に与えたもの、自分が発信したものがしっかり返ってくるからね。カラダのエネルギーを奪ったら奪われる。毎年そこがややドキドキするけど半分楽しみ。

今年は2月初旬、花粉が飛び始めたことがすぐわかった。朝の目覚めと同時に鼻の粘膜がパキッと乾燥していることを感じ、その1週間後少しの鼻水とくしゃみ、目の際の痒みを感じたから。でもそれ以降は何もないから今のところセーフみたい。自分がピンときたことを実践しカラダや日々の生活が軽やかにラクに楽しくなっているならそのやり方は自分に合っている証拠。本来の自分に気づき本来の自分を取り戻してくると問題が問題でなくなる、問題が存在できなくなるからね。そこで見極められるよ。

人によっては毎日消化や恐怖などの感情にエネルギーを消耗しすぎてデトックスに使えるエネルギーが残っておらずゴミがあっても出せないこともある。花粉症は辛いけれどゴミを外へ出せるという意味ではラッキーなことなんだよね。本当に大量の鼻水に激しい皮膚の乾燥、痒みと辛すぎる症状だけど、とことん出してそのあと必要ないエネルギーをもうインプットせず断ち切る、そっと離れることが大切。私の場合、カラダに合わない甜菜糖(エネルギー)からなかなか離れられなかったけどね。甘味料の体験もあくまでも私のケースであって甜菜糖を食べても何も問題ない人もたくさんいるからこのブログも1サンプル。みんなに合うとは限らないから、それぞれが感じることを第一に。

あなたのカラダ、元気ですか?カラダの声、聞いていますか?


Category:health  Tag:あごニキビ / アルコール / カフェイン / デトックス / ヴィーガン / 健康 / 怒り / 感情 / 排毒 / 甘味料 / 肝臓

カラダと感情のうれしいデトックス。春に大量発生していた「あごニキビ」、ヴィーガンになったら治ったよ。

治ったというよりは、「あごニキビ」になる必要がなくなったと言った方がいいかもね。カラダに必要のないエネルギー(食べ物だったり添加物だったり化学物質だったり感情だったり)を与えなければ何もカラダに問題は起こらない。

カラダや内臓は季節とともに変化する自然の一部。腎臓の季節である寒い冬が終わるともうすぐ春、そう肝臓の季節がやってくる。

春といえば毎年ドバッと大量のあごニキビ。気分は最悪。あのころの私は「どうやって治したらいいんだろう?」「どうやって毎日隠したらいいんだろう…」と、もう悩むどころか顔を見るのも自分の肌を触ることもすごく嫌だった。同僚からも「すごいことになってるけど大丈夫?」と声をかけられるほど酷かったんです。

私の場合、動物性由来の食べ物を一切食べず、合わない甘味料、アルコール、カフェインをやめたら翌年の春からあごニキビの悩みは完全に消えたよ。そして、そんな食生活を十数年以上実践しているけれど、あごニキビだけでなく、ニキビや吹き出物も全く出ない。あんなに悩んで苦しんでいたこともすっかり忘れていました。

私が日々実践していることはいつもシンプル。頭(エゴ)の声でなくカラダ(直観)の声を聞いて食べること。それが私の場合はカフェイン、アルコール、合わない甘味料なしのヴィーガンという食スタイルだったというだけ。飲み薬や、塗り薬、サプリメント、ニキビ肌用のスキンケアなどそいうものは全く使っていないから経済的にもラク。ここポイント。

隠したくなるような大量のニキビや吹き出物という外側の現象は、自分に無意識に与えてしまった必要のないゴミ(食べ物や添加物、化学由来のもの、感情などのエネルギー)が外へ出てきただけなんだよね。自分の内側にそんなゴミがなければそんな現象は起こらない。

だからいくら外側の現象に対して何とか対処しようと頑張っても、あなたが無意識に自分に与えてしまったものがあなたの中にあるわけだから、それが外へ解放されるまでグルグルと堂々巡りの繰り返しという苦しみのパターンにはまってしまう。これ薬や病院に依存するパターンと一緒。本質、根っこにアプローチしないからね。でも全ては完璧だから良いとか悪いとかそういう議論は必要なくただある、ただ体験し気づくだけ。その無意識の堂々巡りのパターンを体験し続けるのかそこを超えていくのかそれも人それぞれで。選択は自由。

私もその堂々巡りのエネルギーのサイクルの中にいる時は全く気づかなかったけれど、自然の仕組みに逆らって、ずいぶんと長い間、無意識に自分にとって心地よくないもの、カラダが必要としていないエネルギーをカラダに与え続けていたなぁと今では思う。カラダはシンプルに自然のしくみ、自然の大きな流れのなかでカラダを維持していくために、ただただその必要のないエネルギーを外へ出そうと一生懸命に働いていた。

この瞬間も、自然、季節とともに私たちのカラダ、内臓も全体とともに休みなく働いている。

春に大量発生したあのあごニキビも、自然の仕組み、内臓と季節のつながりを感じられるようになってくると目に見えないところで、いろいろなたくさんのこととつながっていることに気づいてくる。

もうすぐやってくる肝臓の季節、春。自然、カラダと戦わない生活を意識し実践していると、自然の仕組みにそって、春は肝臓のエネルギーが活性化されるから肝臓のデトックスがはじまる。デトックスも内臓にエネルギーがしっかりチャージされ本来の機能を発揮できる状態であることが前提で、もし無意識に日々エネルギーを奪う食生活を続けていると消化にエネルギーを消耗してしまい、デトックスに使えるエネルギー不足でデトックスできないという可能性もあるからね。

肝臓は独立しているわけではなく全ての内臓、カラダの組織などとつながっているから、肝臓と密接に関係している臓器や組織などにたまった毒、ゴミを排出しようとする。症状は人それぞれで。花粉症なのかもしれないし、右肩の痛みかもしれないしあごニキビかもしれない。

外側の現象が、自分にとって受け入れられないほどとてもつらい症状だったとしても決して悪いものではなく、排除するものでもない。「そんなデトックスはごめんだ。」と言っても自然の仕組みは完璧で、排毒が必要な人には必ずやってくる。その排毒の症状も期間も人それぞれで。自然には痛いとか痛くないとか、辛いとか辛くないとか、そんな概念は全くないから想像を絶する痛みや症状が容赦なくやってくることもある。でも、何回も言うけれど、内臓が本来の機能を発揮できる調和している状態で、デトックスするためのエネルギー、パワーがカラダにチャージされていないとそれはできないからね。

人間関係で嫌なことがあった時と同じで。人間関係も病気も全て自分の内側にあるものがそれを引き寄せるというかそれを見せてくれる。恐怖を煽っているわけではないけれどちょっと覚悟が必要かもね。

でもね、自然の流れと戦わなければ必ず調和は訪れる。それも不調であったと思われる1つの臓器だけでなく自然、宇宙全体と一体となってカラダ全体で調和へ導いてくれるから、何一つ犠牲になることがなくオセロのように目の前の全ての現象が変わっていくよ。それくらい強力でぶれないカラダと意識になっていくから、日々ものすごい味方、ガイドになってくれる。そして高額な医療費もかからないからそこが個人的にお気に入り。

そんなプロセスを体験すると宇宙の仕組み、自然の仕組み、カラダのすごさに驚くしとっても感動する。

私にとってあごニキビ、いや、あごニキビだけでなく、既に消えてしまった辛いカラダの症状たちは、もっとカラダの内側の見えない深い部分に大きな不調和があるよというサインでもあったんですよね。ヴィーガンという食スタイルになって私のカラダに起こったあらゆる不調は全て消えてしまったけれど、1つだけまだ大きな不調和の印が存在する。それがね、春、アクティブになる肝臓とつながっている臓器にあるものだから、あの時の大量発生したあごニキビは、もう体内のゴミを処理できないというカラダの叫びだったと今になって腑に落ちる。あの頃、春に発生する私のあごニキビは年々ひどくなっていく一方だったから。

そしてもっとおもしろいことに、カラダからの排毒は、必要のない食べ物や添加物などのエネルギーだけでなく、カラダに記憶された感情というエネルギーも外へ出してくるよ。

食べ物も生きている肉体も感情も全てエネルギー。肉体の排毒とともに感情というエネルギーが出てきたらあなたはラッキー!無意識にカラダに溜まった感情、記憶されたエネルギーを解放していくことによって隠れていた本来の自分に気づきやすくなってくる。

自然、季節とつながっているそれぞれの内臓はさまざまな感情ともつながっている。肝臓は怒りの感情と密接に関係していて、怒りという感情を取り扱う時に肝臓のエネルギーを使っている。だから肝臓がエネルギー不足になって不調和を起こしていると、うまく怒りという感情を取扱えず爆発してカラダにダメージを与えたり、外側へぶつけて人間関係を破壊したりと生活にも影響がでてくるんですよね。イライラしやすい人は肝臓のエネルギーが低下し、不調和を起こしているかもね。こういったことは健康診断とかそいういう数値には現れないからね。エネルギーを奪わない自分に合うエネルギーチャージが必要。

エネルギーチャージも、なんでもかんでもやればいいわけじゃない。カラダの声に耳を傾ける、自然の流れにそって、これが鉄則。慣れている人は直観で。

ちなみに肝臓は動物由来のものをカラダに与えると不調和を起こすけれど(健康診断の数値にあらわれるものではないよ。私も体験済みですが、健康診断で肝機能のA判定でも肝臓の不調和をカラダはちゃんとサインを出してくるよ。)トマトや唐辛子などナス科のお野菜のエネルギーもね、健康に良いとか悪いとかそういうことではなく、肝臓のエネルギーを奪い肝細胞をかためてしまうというそんな側面もあるからね。カラダって奥が深い。

だから、カロリーとか栄養というより、これからはまず内臓の本来の機能、エネルギーを奪う不調和を起こすような食べ物をカラダに与えないことが大切。目に見えない部分、感じることって結構意識しないからね。目に見えるもの、数値ばかりを追っていると本質を見失う。本当にカラダって内臓や組織、感情、環境、宇宙と全てにつながっているからおもしろいよ。自分が与えたもの、投げかけたものが自分に返ってくる。

そして、カラダのデトックス後に感情のデトックスがはじまったら、感情にはついていかないよう、そのエネルギーに同化しないよう注意が必要。

でもね、穀物菜食で依存しやすいカフェインやアルコール、甘味料や中毒性のあるナス科のお野菜なしを実践していると、依存や中毒、感情の起伏の激しい状態(エネルギー、周波数)をカラダに入れなくなるから、意識だけでなくカラダごと全体でそういったエネルギー、周波数から離れいていく。そうすると、頑張らなくても自然に自分の奥底、内側に存在するさまざまな必要のない感情(エネルギー、その周波数)から離れて冷静に向き合うことができるから、デトックスされる感情に巻き込まれずに手放せる。これ、自分にとってすごいメリットなんだよね。

そんな感じでパラパラと散らばって存在していた10代からの不調だったり生理中や普段の生活の中で爆発しそうな激しい感情だったり浮き沈みだったり、今になって全てがつながってくるからおもしろい。私のカラダに起こった全ての辛い症状は、もう必要のないエネルギーをカラダに入れないでくれ〜早く私に気づいて欲しいという内臓さんたちの声だった。私にはその当時は全くカラダの声を聞き取る力がなかったんだなぁ。

でもね、そんな大きな不調和をカラダの内側に抱えていても、今、私は元気に生きている。現代社会でいうところの病気というものがカラダに存在していてもその病気をなんとかしようとカラダ、自然と戦わず、カラダの声に耳を傾けながらの本来の自分のカラダのプログラムにそった食生活を実践することによって、世の中で言う「病気」という問題が全く問題でなくなってくるからね。

そして、これからその大きな不調和のサインがこれからどんな変化を遂げるのか、それとも変化せずそのままなのか、そのプロセスを観察することがちょっとした楽しみでもあるんです。地味ですが日々淡々と実践するそれだけですが…。

話を戻して、いつのまにかクレンジングや化粧水、オイル、ファンデーションを全く使わなくなってしまいました。使わなくなればなるほど乾燥の激しい真冬でもお肌はなんとツルツル。この真冬に肌の乾燥が全く気にならないなんて自分でもビックリする。私は乾燥肌だと思い込んでいただけなんだね。メイクに関しても、ファンデーションを塗らない方がシミやシワが目立たず気にならない。ちょっと化粧水を使い始めるとお肌が潤うどころか逆に乾燥し始める。それなしではいられない状態、つまりカラダは与え続けるとそれに依存していくんだね。中毒性のあるトマトや甘味料やアルコール、カフェインにもエネルギーレベルでそんな側面があるからとっても似てる。

少しずつだけど、カラダの声にそって食べることによって、カラダの変化とともにお金に依存しなくても心地よいカラダ、ライフスタイルを実現しやすくなってくるよ。

そういえば、今年初めの10日間ほどのリキッドファスティングで私の腸がガラッと変わった。たぶん。今のお肌の状態はそういうことも関係しているんだろうな。ヴィーガンという食スタイルを実践してからず〜っとカラダと向き合ってきたけれど、めちゃくちゃ硬かった腸がね、この10日間ほどの断食後にふんわり柔らかくなって驚いた。何だかいい感じなんです。

腸と皮膚、お肌もめちゃくちゃつながっているからね。だから私が自然とスキンケアをしなくなったのも全ては自然の一部である体の変化、なりゆきなわけで、頭で計画したものではないんです。どういう順番でどのように調和に向かうのかそれは自然の一部であるカラダが全て知っている。

私が常に意識していることは、自分の感覚、自然を信頼して、自然、カラダの邪魔をしないこと、自然の声に耳を傾けて自然のなりゆきにおまかせすること。お金がかからないから本当におすすめ。本来自然の中にある太陽も空気もぜーんぶフリーだからね。

ますますマスコミや企業、医療が発信する外側の情報が、自分にとって心地よいと感じるライフスタイルと全く噛み合わなくなってくるよ。

お金というエネルギーもカラダというエネルギーも消耗しない、自分にとって心地よいライフスタイルは今ここに存在する。そして全ての答えはあなたの中にあるよ。どんなライフスタイルをあなたは創造し体験したい?


Category:health  Tag:フルーツ / 健康 / 野菜 / 飲み物

果物、野菜中心の食生活になってくると、飲み物をあまり飲まなくなってきたよ。

ペットボトルのお水は全く買わなくなったけど、お水、お茶、ハーブティ、穀物コーヒー、ストレートジュースなど、そういった飲み物も飲まなくなってきた。オーガニックのストレートジュースでも、やっぱり飲んだ後、喉が乾くんですよね。

ある時ハッと気づいたのは、ある時期から穀物コーヒーやハーブティー、三年番茶のストックがなかなか減らなくなってしまい、今では買わなくなってしまったこと。生の果物や野菜中心の食事、サラダと一緒にパンを食べても何もつけなかったり、そしてクッキーやパンケーキ、クリームたっぷりのケーキやマフィンなどのスイーツを常食しなくなったら、甘いものや食後のお供、穀物コーヒーやハーブティ、三年番茶を飲まなくなってしまった。

全く食べていないわけではないですが、焼き菓子や、パン、玄米ご飯、パスタ、ラーメン、揚げ物など常食せず、生の野菜や果物がメインになってくると喉がそんなに乾くことがない。生の野菜や果物、またはそれらを使ってつくったスムージーやコールドプレスジュースをカラダに入れた後も、やっぱりお水もお茶もほしいと思わない。

たまに、「あ、これ絶対美味しそう!」と出会ってしまったメープルシロップやココナッツシュガーなどの甘味料を使用した焼き菓子などスイーツを食べるとその違いがよくわかる。しょっぱいもや大好物の唐揚げ揚げ物も同じで、喉が乾いて何か飲み物がほしくなるのは、たいてい焼き菓子や塩、味噌、醤油、油などで少し濃いめに調理された食事の後。

そんな違いを感じるようになってくると、あらためて果物と野菜の存在、生命力のすばらしさとおいしさに感動してしまう。果物と野菜だけでカラダは十分満たされるんだなぁと。

今年初の、むげんだいさんで買った宮崎県産のスイカと IMG_1594 ガイアさんで買った青森のさくらんぼ。 IMG_1541 さっぱりした甘さで美味しかった。スイカは、自分で買って食べるほど好きではなかったのに、最近の私は、みずみずしいスイカについついひかれてしまう。

飲み物を飲まないからと言って、肌が乾燥したり、髪の毛がパサついたり、脱水症状、熱中症とカラダの違和感があるかといえば全くない。そんなことよりも、あまり飲まないスタイルになり、買おうとしていたものが今あるもので事足りるとういことに気づいてしまったりする。

例えば、昨年、ステンレスケトルを手放し、「マスタークック けんこう土瓶(小/700ml)黒」を購入後、



三年番茶を煮出す時に大きいサイズを買った方がよかったなぁとずっと失敗したと後悔していたんです。でも今年に入って、どんどん三年番茶や穀物コーヒーを飲まなくなってしまったからお湯を沸かすこと自体しなくなってしまった。今の私にはこの小さいサイズで十分だったし、もしかしたらなくてもよかったかなと。

ここのところ、こんなことが頻繁に起こる。その時よく考えて買ったつもりでも、ちょっと失敗したなという買い物や行動があったりしても、あらあら、いつの間にか自分の食スタイルやライフスタイルがどんどん変化して、失敗したと思っていたことが実は今の自分にはピッタリだったという具合。

無意識に未来の自分を知って行動しているような感じ。だから最近の私はちょっと違うなとその時感じたとしても、すぐに捨てたりしないようになってきた。断捨離も時には必要かもしれないけれど、実は自分が気づいていないだけで、しっかりと無意識に未来を見据えて行動している節がある。今ここに全てが用意されているという感覚。そして、今ここにあるもので十分足りていると感じるから、私の暮らしは少しずつ小さくなっている。

あとね、もともと食事中に飲み物は飲まないタイプでしたが、飲み物やスープ、味噌汁などを食事中、食後に食べない方が消化がラク。食後の穀物コーヒー、食事中の飲み物やスープは、私の場合消化不良を起こしてしまう。

まだ読み終えていないけれど、今の私のカラダと飲み物の関係性やどんどん変化していくカラダについて、この3冊を読みすすめると全く特別な現象でないことがよくわかる。またこの本についてはブログにアップしますが、ピンときたらぜひ。


Category:health  Tag:アルコール / カフェイン / デリケートゾーン / ヴィーガン / 健康 / 甘味料

カフェイン、アルコール、合わない甘味料なしのヴィーガンになったらデリケートゾーンのトラブルは消えたよ。

ジメジメした梅雨時期やこれからくる暑い夏、女性のデリケートゾーンの不快な症状はかなり憂鬱。すっかり忘れていましたが、私も10代後半からずっと、デリケートゾーンのかゆみや激しい痛み、ただれ、かぶれが毎月生理前後だったり、生理中にありとても辛かったことを思い出しました。これも私に起こった原因不明の辛いカラダの症状の一つ。長い時は1ヶ月ほど辛い症状が続くこともありました。

当時の私は何も知らなかったから、病院へ行っても治らないモヤモヤした毎日を過ごし、気力や時間、お金を消耗していたなと今では思う。これも1つの体験だけど、本当にそこに費やしたお金や気力、エネルギーがもったいなかったなぁ。

でもね、アルコール、カフェイン、合わない甘味料なしのヴィーガンという食スタイルを実践していたら、2ヶ月に1回、3ヶ月に1回、4ヶ月に1回、半年に1回、1年に1回といつの間にか辛い症状がいつの間にか消えてしまった。だからすっかりそんな症状があったことさえ忘れてしまっていました。

私の場合、ヴィーガンといっても、ついこの間までは脂っこい揚げ物、ジャンクフードやインスタントラーメンを食べたり植物性の油や小麦粉、メープルシロップたっぷりの焼き菓子やスイーツをたくさん食べていました。それでもデリケートゾーンのいや〜な症状は全くなくなりましたよ。

あ、そうそう、おりものもなくなった。今思うと10代のころの方がおりものがめちゃくちゃ多かった。おりものも痰などと同じように、必要ないものを粘液として外へ排出しようとしているだけだからね。

カラダの声を聞いて食べることを実践するだけで、つまりは自分にとって必要ないものを自然の一部であるカラダに入れないというそれだけで「○ェミニーナ軟膏」は必要なくなるよ。カラダの声を聞くって本当にシンプルです。


Category:health  Tag:フルーツ / ヴィーガン / 乾燥 / 健康 / 野菜 / 静電気

寒さと乾燥と静電気

この冬、いろいろ変化はあるけれど、ちょっと今までの感覚と違うところがあって。

「寒い!」と思うんだけれど、何だか気持ちいいという感覚。真冬に冷気が心地よく感じるなんて何だかんだ不思議。外側の冷気とカラダが一体になった感じというか、循環しているというか。コートで外気をシャットダウンしてしまうと寒さを余計に感じるような気もしていて。だから真冬でもコートの前を閉めずに開けっ放しで歩いていた。ちょっと冷気が袖を通って体全体を通過すると気持ちよく感じて、寒さが寒さと感じなくなってくる感覚に。朝、お布団の中から出たくない気もするけれど、外の冷たい空気に触れたい気もしてしまう。

そして、「あ!」と思ったことは、バチバチの静電気に毎冬怯えていた私が、今年の冬はなぜか静電気が起こらない。ずっと雨が降らずとても乾燥していた時期があったにも関わらず。手を洗う時、水に触れようとすると静電気がいつもバチっとくるから冬は手洗いがかなり恐かった。でもそれがこの冬全くないからビックリ。カラダが乾燥しすぎず水分の調整がうまくいっているのか、電気を溜め込まず外に放出できているのか、私にはよくわからないけれど、うれしい変化。やっぱり生のフルーツだったり野菜を食べるようになって、カラダの内部、内臓のコンディションが整ってきたのかなぁと。

そうそう、季節の変わり目に肌や髪の毛の乾燥が気になるけれど、今年はそれがない。ジョンマスターオーガニックのシャンプーを使っていた時は、どんどん手肌、髪の毛が超乾燥してパサパサに荒れまくって大変なことになってしまいましたがそれもない。今、髪の毛は、試しに買ってみた石鹸シャンプーをごく少量をたまに使い、それ意外は湯シャン。

カラダはいろいろ変化していて、外側が超乾燥していてもカラダが調和していると静電気もそんなに起こらないような気がしてきた。今日も引き続き観察中。


Category:health  Tag:インフルエンザ / ヴィーガン / 健康 / 自然 / 花粉症 / 風邪

花粉症、インフルエンザ、風邪と関係ない世界で生きていく!?

棲み分け、二極化、そんな言葉をよく耳にする今日このごろ。花粉症や風邪、インフルエンザとご縁がないそんな生活になってきた。

先月末に、花粉が飛びはじめたという声が聞こえてきたけれど、私はその日全く反応なし。今年、花粉に反応する必要がなくなってきたというか、花粉というエネルギーに共振する必要がなくなってきたというか問題がないみたい。

内臓が元気、つまりはエネルギーが充電されていて、調和しはじめると、世のかなで騒がれている問題が問題と感じなくなってくる。

そして、どんどん調和の中でカラダの内側でネットワークが広がっていくと、受信、発信によって自然界ともうまくつながっていく感じがする。空気も太陽も全てが味方になってくれるようなそんな感覚。

ドラゴンボールの悟空のセリフで「大地よ 海よ そして生きているすべての みんな……… このオラに ほんのちょっとずつだけ 元気をわけてくれ…!!! 」を思い出す。これ、特別なものでもなく、本来みんなに備わっているチカラなんだろうな。

自然の一部であるカラダという存在を淡々と観察していると、カラダに合わない、つまり必要のない食べものを体内に入れると、いろいろなところに影響、不調和、不具合が出るんだなぁということが、少しずつ感じられるようになってきた。その影響は人それぞれで。だから花粉症という症状も何とかする必要はなく、カラダに不必要な合わないエネルギーを与えなければ、花粉に反応する必要がなくなるから自然に消えるわけで。これは、私の体験なので、みんなの真実と必ずしも一致しないかもしれませんが…。

花粉症は、花粉が悪いわけではなく、肝臓の季節である春に、花粉の力を借りて、一年でたまりにたまった必要ないエネルギーを、粘液だったり、咳やかゆみ、粘膜や皮膚の乾燥で、一気に外へ出している。だから、なんとかしようと戦う必要もない。確かに痒いし、その症状はとても嫌なものだけれど、必要のないエネルギーをカラダが出してくれているという自然現象(クレンジング)ということは、ある意味ありがたいこと。私も激しい花粉症で辛かった時期は、花粉症がありがたい存在だなんて思えませんでした…。突然涙が大量に出て、肌や粘膜の乾燥、かゆみ、咳に止まらない鼻水にずいぶん大変だったことを思い出します。その時は、仕事に集中できないし、どうしてよいかわからなかったな。

周囲を観察していると、かゆみのある花粉症とかゆみのない、咳と鼻水と喉の乾燥で辛そうな人の2つのパターンがあって。花粉症は花粉が飛んでいる時期に始まりその間ずっと辛い。でももう一つのかゆみのない花粉症のような症状は、私もヴィーガンに前にずっと経験したことですが、1年に1回必ず、寝ても止まらない咳と喉の激しい乾燥というような症状が、1〜2ヶ月ぐらい続きました。その年によって発症する月は、4月だったり、5月だったり、12月や1月の時もあっりバラバラ。ウィルスや花粉に反応するというより、ただ必要のないエネルギーを外へだしているだけなんだろうなと今では思う。今は年間を通してその症状は全くない。

絶対にインフルエンザに感染しない!とか、絶対風邪をひかない!とかそういうことを宣言しているわけではなく、自分の中にある必要ないエネルギー(ゴミ)が外側と共振して、さまざまな現象、症状を引き寄せる。だから自分の中に、引き寄せる、共振する不必要なエネルギーが何もなければ外側に何も起こらない。とってもシンプル。ただそれだけ。だから、私もカラダの中にエネルギー(ゴミ)が存在すれば、自然と外へ出そうと、熱や咳などカラダが必要ならばそのような症状があらわれるということ。自分の中に存在するエネルギーは、口から入る食べ物だけでなく恐怖心とか感情とかもあるからね。

何を食べるのか、何を食べないのか、どれくらいの量で、どのタイミングなのかは人それぞれ。自分でカラダに聞くしか方法はない。でも、自分の頭でなく、過去の何かでもなく、今、カラダの声に従えば、病気、さまざまなカラダの症状に振り回されず、お金もカラダも時間も消耗せずに、今体験したいことに集中できる。

今年もインフルエンザに感染せず、風邪もひいていない。風邪をひくのではなく、風邪を引く必要がなかったんだろうな。私の内側にゴミがなかったというか。風邪によって、カラダ、内臓は膨大なエネルギーを使って必要のないエネルギーを外へ出す。風邪や病気でエネルギーを消耗しないかわりに他のことにエネルギーを使えると、やりたいことに集中できパフォーマンスが上がるからいいことだらけ。今年一年の意識の状態、過ごし方で来年はどんな世界ですごせるのか、それがちょっと楽しみ。もちろん、期待も目標も何にもなし。ただカラダの声を聞いて成り行きにおまかせ。

今年、花粉に反応していないのは、昨年のカラダの変化もかなり関係していそう。

動物性食材、アルコール、カフェイン、ナス科の野菜、砂糖をとらずに十数年すごしてきましたが、さらに私の昨年の食生活の変化。生野菜、果物がメインになり、玄米、パスタの割合が激減。そして、小麦粉のパンや焼き菓子や加工品をほとんどとらなくなってしまった。加熱した油やあらゆる甘味料もほぼとらず、果物を単独で食べ、すぐカラダがむくんでしまうので、豆と生野菜、穀類と生野菜食べ合わせをしなくなった。それぞれの食べ物に合わせた内臓の消化プロセスがあり、内臓、特に腸の具合をよ〜く観察するとむくみとの関係もよくわかり、なるほどねぇという感じ。そして塩や酢といった調味料を使う量も減り少食に。

全ての準備が整ったカラダは、ものすごいパワーを出して変化する。デトックスの最後もすごい。昨日までの激しい痛みや、ずっと続いていた辛い症状が一瞬に終わる。内臓、カラダの組織、ネットワークが完璧につながり、本来の機能をとりもどした時の自然のパワーがすごすぎる。そんな現象に出くわすとワクワクしてしまう。そしてまた観察したくなる。

私の場合、アルコール、カフェイン、動物性由来の食材だけでなく、甘味料は腸の環境、調和を崩すみたい。腸本来の機能、腸のエネルギーを奪うことをしなければ問題は何も起こらないから。こういう生きるための知恵って学校で習うことより大切なことだなと今さら思う。学校って本当に行く必要があるの?!とも思ったりするし。

オーガニックであろうがなかろうと、メープルシロップやココナッツシュガー、小麦粉、オイルたっぷりのヴィーガン仕様の焼き菓子をふつうに食べていた時は、ちょっと粘膜や皮膚のかゆみや乾燥、鼻水があった。10数年以上、毎日カラダを観察しているからその違いは歴然で。

ちなみに昨年の年始、有機ココナッツシュガーのヴィーガンローチョコレートを食べた直後の私は、突然の喉の乾燥に咳、鼻水の祭りが始まりました。今の私の場合、あらゆる甘味料を自分のカラダに入れると、花粉が飛ぶ時期に関係なく、食べた直後の喉のかゆみや腫れ、もしくは翌朝に花粉症のような風邪をひいたような症状が出る。

その人に必要なカラダに合う食べ物は、人それぞれ。自分のカラダの声を聞くしか方法はない。誰も教えてくれないというよりは誰も教えることはできないんですよね。これからは、教える、教えられるとか先生、生徒のような関係性もなくなりフラットになっていく。 一度カラダの声を聞くことができるようになったら、もう一生もので。「〇〇式健康法」とか「〇〇の魔法の法則」とか「修行」とかそういうものも必要なくなってくる。だって、あなたの身近なカラダが、今必要なもの、こと、人など全てを運んでくるから。こんな素晴らしい自然の一部であるカラダと仲良くなって味方につけたないのはもったいないなというのが私の感想。そして何と言ってもお金がかからないし、どこでも、誰にでもできるからそこが気に入っている。太陽も空気も本来は全てただ。(なぜか子供のころからいつも頭の片隅にあったんですよね。)〇〇セミナーとか大金を頑張って払う必要もない。別にセミナーに行かない方がいいといいたいわけではないですよ。私もワクワクするセミナーは受講したりすることもあるので。でも最近は全く行かなくなってしまった。

そういえば、マスクも以前たんまり買ってそのまま。なかなk減らない。手洗いでアルコール消毒もしたいことがないし、うがいもゼロ。それでも風邪やインフルエンザにかからない。

カラダの声を聞きながら食べることを意識するだけでなく、目の前の現象と戦わず頑張らない、十分な睡眠などなど、自分にとって心地よいライフスタイルを整え、本来の自分にかえっていくと、問題は解決するべきものではなく、問題という存在が存在する必要がなくなってくる。花粉症、風邪、インフルエンザで消耗しない世界を創造し、その世界で生きることを選択している感覚。

毎日、自分の内側が投影された外側の世界を体験しているだけなんだけど、やっぱり変化、体験って飽きないしおもしろい。これからも淡々と地味に観察&実践です。


Category:health  Tag:フルーツ / ヴィーガン / 健康 / 夏バテ

今年の夏は酷暑にもかかわらず、フルーツのおかげで夏バテ知らず。

今年の夏も暑かった。夏は嫌いじゃないけど暑さに弱い私。ところが今年の夏、猛烈に暑かったにもかかわらず私は全く夏バテしませんでした。これには自分が一番ビックリ。

めちゃくちゃ元気で、気力もやる気も十分。今までの夏の食生活と比較するとずいぶん変化がありました。もちろん「頑張らない」「なりゆきにおまかせ」のスタイルはそのまま継続していますが…。

毎日朝食は相変わらずとらないことが多く、何か食べたい時はお水かフルーツを少し。ランチもフルーツのみの日が多く、こんな感じでカットしてボトルに入れて持ち歩くと、いつでもどこでも食べたい時に食べられて便利。 IMG_4896 フルーツを食べる時はそれだけ。フルーツを食べるその前後に何かを食べたり、フルーツと一緒に何かを食べないそれが基本(水も含め飲み物もNG)。フルーツを食べた後時間を開けて少しのサラダを食べる時もありました。

ヴィーガンという食スタイルになって、よく噛んで食べていると食事中にお水をそんなに欲しいと思いわなくなってくる。 さらにランチがフルーツだけだと、この夏水分補給もあまり必要なかったかも。そんなにお水もガブガブ飲んでいない。よく飲んだものは、浄水器を通した「水道水」となぜか夏に飲みたくなる「ルイボスティー」。冬は全く見向きもしない「ルイボスティー」。

実は、ペットボトルのお水がカラダに浸透しないというか違和感を感じはじめ、美味しいと感じなくなり、飲みたいと思わなくなってきたのでこの夏もペットボトルのお水を買って飲むことが減ってしまった。浄水器に通した水道水は朝一や食間に飲んだり、水筒に入れて持ち歩いたりしましたが。それでもやっぱり炎天下の中、お水や塩、梅干し、甘酒よりもフルーツの方がカラダがシャキッとしました。冷えていなくても。フルーツは、なんといってもみずみずしい。水分も吸収できて食後喉も乾かずお腹もいっぱいになるから本当に今年の夏はお世話になった。

例えばランチに、甘夏、りんご、最近はなしなど1個分を皮をむいたりむかなかったりカットしてボトルに入れておく感じ。ジュースを飲むように食べられるから手軽。もちろんよく噛んで食べていました。この噛むことが結構いい気がする。お腹もいっぱいになるし満足感も感じられる。スムージーだとゴクゴク飲んでしまって、私の場合、スムージーをたくさん飲んだ夏は逆に夏バテしました。胃がやられてしまったというか。この夏は噛んでフルーツを食べるそれが多かったなぁ。

ここ最近は、なしやぶどうや柿。そんなにたくさんの量を食べなくても心身ともに満たされてしまう。 IMG_4902 例えばこちらの農薬や肥料を使わず自然のエネルギーをたくさん浴びた自然栽培のぶどう、私の大好きな「ベーリーA」なんて、エネルギーが半端ないので、少しの量、10粒ほど食べただけでも満足してしまうんです。これは説明してもなかなかわかってもらえないかもしれませんが…。作っている方の意識も関係してくるから本当に全ては繋がっているなぁと。昨年よりもよりパワフルになっている。病気になっても全滅せず、太陽や風や雨など自然界のサポートとともに自ら治っていくという自立したぶどうさん。自然の力、フルーツの力ってすごいなぁ。 IMG_4904 夏場の食生活の他の変化としては…
●今まで大好きだったストレートジュースや砂糖不使用ヴィーガン仕様の炭酸をほぼ飲まず。スムージーは飲みたいなと思った時にたまに飲みました。
●玄米や五分づきパスタも週に数回食べましたがそれよりも生野菜が主食で玄米やパスタは少量で付け合わせ程度。
●油はオリーブオイルやごま油をパスタやサラダにかけるぐらい。豆乳発酵マーガリン、豆乳マヨネーズは食べなくなりました。
●炒めもの、天ぷらなどの揚げ物は家で全くしなくなってしまい、ちょっとぐらいいいかなと外食で炒めたパスタを食べたりすると、その日もしくは翌朝、こむら返りとか右足のむくみが激しく食べてくれるなとカラダがサインを送ってきました。勝手に食べてしまった後はカラダにごめんねと謝る感じ。だから本来は食べない方がカラダはラク。どうしても食べたい時はレタスをぐるぐる巻いて揚げ物を食べるとか、多めの生野菜と一緒に食べるとなんとか消化ができるかなといった具合。野菜天丼、唐揚げ丼という大好物メニューによくある「揚げ物とご飯」という組み合わせは、カラダがパンクしてしまい、カラダの中があまりにも詰まった感じになってしまうのでもう食べられない。
●塩もあまりたくさん使わなくなっている。パスタを茹でる時も塩なし。いくら自然塩、海塩だからといっても、しょっぱいものを食べ過ぎるとカラダの調和が崩れるのか余計に乾燥する感じがこの夏しましたね。風邪は引かなかったけれど風邪をひく前に唇の周りが乾燥する感じになったり。そういえば梅干しも1つも食べたいと思わなかったし食べなかった。
●あんなに毎日食べていた油揚げ、豆腐、味噌などの大豆製品もほとんど食べなくなった。冷奴も。
●ヴィーガン仕様で砂糖不使用のインスタント食品や麺類。冷やし中華、ラーメン、うどんなども食べなくなったからストックなし。
●焼き菓子、スイーツ類、スナック菓子もほぼなし。食べたいと思わなくなった。ドーナツやパンケーキ、クッキーなども大好物だったはずなんですが、やっぱり揚げ物などと同じカラダのサインが出てしまうのでいつの間にか作らなくなってしまいました。
●パンは、玄米のベーグルが食べたくなった時期があり、その時は蒸してたくさんの生野菜と一緒に食べました。ベーグルだけ食べるとやっぱり消化が難しいみたい。これは玄米おにぎりも同じで。
●ナッツやドライフルーツよりも生のフルーツをカラダはほしがりました。

と、こんな調子で今年の夏、食べなくなってしまったものがたくさんありますが、私のカラダの調子はとても良かった。常に自然と調和しているそこがポイントのよう。これは私がコントロールしているわけではなく、自然の一部であるカラダが必要なことを教えてくれるのでそれにおまかせするそんな感じ。だから私は直観カラダの声を聞きながらただ委ねてサポートするだけ。フルーツでも野菜でも食べる量は少ない方が私の場合ベストみたい。フルーツは美味しくてすごいなぁ。

そういえば、6月17日(日)のTBSラジオ「安住紳一郎の日曜天国」に、フルーツだけで生きていらっしゃるフルーツ研究家「中野瑞樹(なかの みずき)さん」がゲスト出演されていましたが、このような方がメディアで取り上げられるようになってきてうれしい。世の中も少しずつ変わってきていますね。フルーツで生きていくのも全く問題なく可能でしょうね。なんせ食べなくても生きていける「不食」の世界もあるわけですから。

ただフルーツでも野菜でも何でも頭で食べるのではなく直観、カラダの声を聞きながら食べる、実践することが大切だなと実感。何を食べるか、それとも何も食べないのか、どれくらいの量をどのタイミングで必要としているのかは人それぞれ、その人のプロセス、段階によっても全く違うので。

今年の夏はフルーツのおかげで夏バテ知らずの私でしたが、汗はしっかりかきました。やっぱり夏は暑い!


Category:health  Tag:ヴィーガン / 健康 / 自然

カラダで感じる春の訪れ。肝臓の季節がやってきた。

肝臓のエネルギーが強くなる春は、カラダを観察していると、肝臓の表現も活発になる。

だからカラダで一足お先に春を感じてしまう。

陰陽五行で肝臓は季節の中で春と対応している。匂いは酸っぱい匂いだったり他にもいろいろ性質がある。肝臓タイプの私はレモンや柑橘類など酸味のあるものが大好き。行動も思いついたらすぐ行動してしまうタイプ。

肝臓は怒りや忍耐、フラストレーションなどの感情を司る臓器でもあるから、肝臓にしっかりエネルギーが充電されて元気でないとイライラしたり待つことが難しくなる。カラダと感情は切り離すことはできないし全て繋がっている。そんな肝臓からエネルギーを無意識に奪ってしまう食べ物がアルコール、動物性由来の食材、カフェイン、砂糖などなどなどそれぞれのカラダに合わないもの。実践するとよくわかる。もちろん食べ物だけでなく怒りやフラストレーションなどをためるとやはり肝臓のエネルギーを奪ってしまう。カラダの仕組みはは見える見えないに関わらずよくできている。

ずっとカラダを観察していると、足指の付け根から毎年2月から4月下旬にかけて酸っぱい匂いが出てくる。汗はそんなにかいていないのに。昔食べた未消化の肝臓に負担をかけたであろう食べ物や怒り、フラストレーションなどの感情だったり不必要なものが出てくるんだろうな。

何が?どこから?どれくらい?いつ?なぜでてくるのか?は自然の一部であるカラダにしかわからない。私はただ観察するだけ。

汗だくになるような真夏に足指のつけねから酸っぱい匂いは全くでてこないから不思議。夏は意外と無臭。匂いは悪いものでも排除するものでもなくカラダからのサイン。

とはいってもつい先日映画館で前の人の加齢臭が強烈でややくつろげなかった。終電に近い満員電車の車内も匂いが結構きつい。内臓が悲鳴をあげているだろうなと。自分も昔はそうだったんだなぁと思いつつ。

そういえば、ついこの間生理中に突然強烈なチーズの匂いがしてビックリした。ヴィーガンになって10年以上たつけれど未消化の乳製品のエネルギーがまだまだ残っている。男性の場合、生理がないから例えば30年後に毛穴からチーズの匂いがでてくることもあるみたい。肉、魚、乳製品と匂い、未消化のエネルギーが出てくる順番もあるようで。今どのレベルでカラダの浄化が行われているかも匂いでわかるらしい。カラダの仕組みは深いな。

本当に意識して観察しているとカラダは自然の摂理、季節、流れとともにあることがよくわかる。ホント完璧なシナリオ通り絶妙なタイミングで淡々と働いてくれている。

昨日は右足親指の爪の右側が何だか痛かった。普段は全く痛くならないのに。よく巻き爪とかばい菌が入って痛くなるとか言いますがこれも肝臓の表現で。カラダの右側の症状も肝臓の表現。やっぱり肝臓がアクティブになっているから確実に春がやってきている。というかもう春になんだな。まだ寒いけど。

1番身近な自然の一部であるカラダを観察しながら春を感じることが私にとってはワクワクする。肝臓の季節、たくさん不必要なものをカラダから出せるといいな。まぁ全てなりゆきにお任せですが。


Category:gourmet  Tag:クロム / ヴィーガン / 健康 / 玄米

土鍋で炊いた玄米はあっさりしていて美味しい。クロムがとけでるステンレスはこれからさよならだな。

ある集まりで今の私の子宮にはクロムがいらっしゃるとのこと。クロムのエネルギーが存在するというか。このクロムのエネルギーは自然の中にあるハーブで消える。

もちろん環境的なものもあるかもしれないけれど、調理器具、特にアルミやステンレスの鍋は使わないほうがいいよともうとっくの昔に耳にしていたけれどそのまま使い続けていました。

ステンレスの鍋は結構持っている。どんな高級なステンレス鍋でも熱を加えると溶け出てくる。鉄のフライパンで調理していると鉄分をカラダに取り込むことができていることと同じように。冷たい状態で使う場合は全く問題ないらしいのですが…。溶け出てくるというか熱を加えることによって移動しやすくなるんでしょうね。全て波動がありエネルギーであるわけで、常に行ったり来たりしているのを目で確認できないだけで。

そろそろやめよう。これも流れというかタイミングというか。

実は、ステンレスの圧力鍋で食べるモチモチした玄米がどうも体に合わないと感じ始めて2年ほど。酵素玄米もそこまで体が欲しいと言わない。玄米が合わないのか、何だかモヤモヤしていたんですよね。美味しいなと思って食べても体の中に入った後重かったり窮屈だったり心地よくない…。でもよくわからずそのまま放置、様子を見ていました。圧力鍋の中にカムカム鍋(内鍋)を入れて炊いてもイマイチで。

で、ようやく昨晩土鍋で炊いてみたんです。そうしたら口の中に入れた途端何だか体に合っているようで、軽くてあっさりして美味しくて。食べた後もカラダが重くない。でも美味しいからといって毎日たくさんは食べられませんが。 IMG_2591 玄米を炊くときも炊き方、鍋の種類によって味や仕上がりが違うから体調や好みによって選んだ方がいいようなことを以前から聞いていたけれどイマイチよくわからなかった私。

今の私は土鍋で炊く玄米がとても合っているもよう。でも玄米、ご飯は毎日毎食は食べるのはカラダがキツイ。1日2食で一食をご飯としたらだいたい一週間に3〜4回ぐらいなら受け付ける感じ。ご飯もカラダが欲しいと言ったら食べるようにしているのでそんなにお米もたくさん買わなくなっている。そして調理器具もいろいろいらなくなってくるな。ステンレス製の圧力鍋ややかんなど手放すことによってスッキリするから結構それもうれしかったりする。収納スペースの割に鍋類が多くてどうしたものかとずーっと思っていたので。これで手放せる。

そうそう玄米は、本当に体が元気、健康、調和している人がよくかんで食べる分にはいいみたいですが、そうでない場合、玄米が強すぎて消化不良を起こしたり玄米の強いエネルギーにカラダが負けてしまう場合もあるらしい。酵素玄米が合わない人も結構いるらしく。だから健康に良いというだけの理由で食べるのは微妙。カラダと対話することが大切だなと改めて思いました。

玄米が合わない方は、精米して5分づきだったり7分づきだったり、あとは白米と雑穀を一緒に炊いたものが結構カラダに合うとおっしゃる方が多いらしい。本当にその人のその時の体調で食べるもの、食べ方が全然違ってくる。

確かに私も玄米はおいしくて好きだけれど食べられない時も結構ある。ただ白米は便秘になるので私の場合NG。今の私の食生活は、量で比較すると果物と野菜がメインでその次が豆、最後に玄米という順番かも。ご飯をたくさん食べないほうがカラダが楽でやる気が出る。年間でお米を食べる量も減ってきているからお米もそんなにたくさんストックする必要がなくなってきた。

それにしても昨年からどんどん今の私にとって必要ないものは手放している感じ。引き続き今年もいろいろありそうで面白そ。


Category:health  Tag:ヴィーガン / 健康 / 自然

私失敗しないので。ドクターXよりも完璧なドクターはあなたの内側にいる。

ドクターXもクールで結構好きだけど、内なるドクターは高額な医療費もかからず、無料だから使わないなんてもったいないと個人的にはついつい思ってしまう。外側に絶対失敗しない完璧なお医者さんを求めなくても自分の内側に超完璧なドクターがいるとしたらワクワクしませんか。

内なるドクター、内なるプログラムが起動すると、違う言い方をすれば「私」とか「マインド」とか「感情」などによって行動を支配されるのではなく自然の一部である「カラダ」が優勢になって健康と病気の二極の世界から解放され、あるがままでいられる。究極の調和、何があっても大丈夫、守られている絶対的な安心感を感じるというか。

もともとみんなが持ち合わせている内なるドクターは、良いも悪いもなく、穏やかな時もあれば、時には容赦なく嵐のよいに厳しく激しい時もある。厳しい時というのは痛みだったり恐怖してしまう生命現象。津波や台風、地震と自然は容赦ないですよね。それに対して私たちの感情がよい悪いとか病気と健康、怖い、怖くないと判断しているだけで。自然、内なるドクター、自然の一部であるカラダはそんな二元的な私たちの世界、考え方を超えている。でも必ず内なるドクターは私たちを様々なプロセスを経て最終的には心地よいところ、調和、自然の流れの中へ完璧に導いてくれる。

これは頭で考えて理解するものでもないようで。やっぱり毎日カラダという自然との対話から次第に腑に落ちてくるような気がしている。両親もはじめは私の話をふーんと言った感じで耳を傾けるけれど他人事な感じで。

実践していくと、外側には何もないんだなということが実感できる。そう、内側に全てが存在する。そんな感覚、意識に少しずつ近づいていくというか。

はっきり言って内なるドクターはドクターXよりも完璧(笑)。特別な技術を要する複雑で高度な手術や高価な薬も必要なかったりする。本当に完璧。内なるドクターを呼び起こすことによって、本当に病院へ通う必要のある人だけが病院へ通うようになるからお医者さんはもっと必要な仕事に集中できるようになり病院も助かるような気がしますが…。

外側は、全て自分の内側が映し出されていて、外側の戦いは全て内側の葛藤。病をなんとかしようとか病と戦うことは内側の葛藤のあらわれ。そんな話を随分前から耳にしていましたが、ようやく腑に落ちてくるようになってきた。

こんなこと言われてもヴィーガンになる前はふーんと全く理解できなかった自分を思い出す。理解、この表現も厳密にいうとちょっと違う。わかる、これも違う。なんというか説明して、マニュアル、テキスト通りに「はい、そうですね、わかりました。」の世界ではないのは確か。自分が今そうだから。そしてみんながやらなければならないことでもないし、強制するものでもない。だから誰のせいにもできないしある意味自己責任、厳しい世界(笑)いや厳しくもないかな。勝手気ままに自由にやリナがらワクワクするから続けているんだと思います。というかやめたくない。どんどん自分自身の本質、未知なる部分へ近づくというか気づいていけるから。気づき、変化は楽しい。そんな体験をしたいかしたくないかは自由。でも実践後のココロとカラダの軽やかさは本当に魅力的。パフォーマンスも上がるり、悩みがなやみでなくなるというか。

信じるものは、外側の誰かや何かでもなく、方法論でも教材でもなく自分の中にあるドクター、あなたの中にあるプログラム、自然、なんといったらいいのかわからないけれど目に見えない内なるもの。そしてうれしいことにタダ。

ヴィーガンといっても、カフェイン、アルコール、合わない甘味料など自分に必要ない合わない食生活から少しずつ離れて、はたからみると食にこだわっている人と思われがちですが全くその逆で、誰が作ったかよくわからない食生活、こだわりからもともとのシンプルなオリジナルのスタイルを思い出しもどっていく感じ。そしてカラダだけでなく自ずと意識も現実も全てが変化していく。脳なのか頭なのかインストールするところはどこだか知らないけれどいつのまにか古いOSが新しいOSに書き換えられているというか再インストールされるというか。

そうなってくると、生まれる前から備わっている完璧なあなただけの内なるドクターが動きだす。あれをしたい、こうしなければ、あの人はこう言ったなど外の情報に振り回されたマインドからの指令が弱くなり自然の一部である肉体からの指令が優勢になる。これが強くなってくると自然の一部であるカラダに逆らえなくなる。例えば眠気にも(笑)。眠気をどうにかしようというのがマインド、エゴの仕業。命の立場で生きていならば、自然の一部であるカラダに逆らってはいけない。サレンダー。こうやってあなた本来の姿を司るプログラムが自動的に起動するイメージと私は勝手に思っていて。自然の流れの中にカラダがもどっていくと、あとはなりゆき、自然、カラダ、プログラムに沿って今に集中、楽しむだけ。

カラダも人それぞれ全く同じものはないわけで、内なるプログラムも人それぞれ違ってあたりまえ。全く同じプログラム、プロセスがないということは、内なるドクターだけでなく、私たちの人生、プロセスにおいても全く同じではないんだということも自然に受け取れるようになってくる。それぞれがそれぞれの道で輝いているという感じ。食スタイルの変化からそこに繋がっていくからおもしろいんだと思う。本来の自分を思い出していくプロセスは良いもの悪いもなく私にとってはワクワクする。

そう感じるから、自然の一部である肉体、内なるもの、プログラム、神、何と表現していいかわからないけれど、すごいなぁと思うし、いかさない手はない。気づかなかった、忘れてしまっていた、自ら無意識に封印していた本来の自分の人生をますます味わってみたくなってくる。

自己中という意味ではなく、心身ともに自分中心になってくると外側の情報、もの、人などに振り回されなくなってくるきがする。例えばウィルス。これも情報、波動があり、エネルギー。インフルエンザや風邪がいくら流行っていて外側にウィルスがたくさん存在していても、カラダが調和してあるがままでいればそのウィルスというエネルギー、情報、周波数が合わないから全く問題がなくなってくる気がしていて。だからウィルスが存在しても退治する必要もなくなってくる。ウィルスが存在しながら今ここでくつろげるそんな世界。まさに戦わず共存する。そんな変化、戦わない世界に私はワクワクする。人や仕事、すべてに対して戦わない態度になってくる。ただし、自然の成り行きに身をまかせるというか、カラダ、自然の声にはサレンダーすることが大切ですが。日々命の立場になって無理にがんばらない。

全ては自分。全ては自分がつくりだしている。私自身も私のカラダに合わない必要なかった食べ物を誰がつくったのかわからない常識やマニュアル通りに、つまりは外側の情報に振り回され無意識に食べて、自然の一部であるカラダが自然の流れから逸脱してしまったために、今思うと10代から原因不明のあらゆるカラダの粘膜のただれ、神経痛、熱、咳、鼻水、かゆみに苦しんでいました。薬をもらっても何をしても治らなかった。で、重い荷物を運んだからとか、過去の出来事、誰かのせいにしていた自分を思い出す。

現在は医療費ゼロ。全部自分が無意識に病気をつくって苦しんでいた。医療費ゼロを目指しているわけではなく必要があれば病院へ行くとは思いますが、何も問題がなくなってくる。おかげさまで歯も今のライフスタイルになって十年以上問題なし。

食べることは、見える見えないに関わらず全てにつながっていくと感じる毎日です。


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about(自己紹介)
自己紹介写真 こんにちは! 穀物菜食(VEGAN)という食スタイルに 出会ってから、ずっとつらかった原因不明の カラダの症状がいつのまにか消えていました。 動物性食品、ナス科の野菜(トマト、じゃがいも、なす、ピーマン、唐辛子)、アルコール、カフェイン、 白砂糖なしのVEGAN LIFE(ビーガン ライフ)を楽しみながら 日々の気になることを綴っています。

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