Category:health  Tag:エネルギー / ヴィーガン / 免疫力 / 恐怖心 / 意識 / 数秘術 / 波動

数秘術で今月のサイクルは「7 休息」。どんな現象が起ころうとも「恐怖心」についていかず「闘わない」。

3月がはじまり世間は新型コロナウィルス関連の情報で溢れかえっていますが、数秘術からみる2020年3月のサイクルは「7」のエネルギー「休息」。今月は見事に世界の流れが数秘術の数字「7 休息」に現れているね。新型コロナウィルスの影響で、学校、イベント、経済活動といろいろなところで混乱が起こり止まり始めている。数学者ピタゴラスは「万物は数なり」と言ったそうで、数字のエネルギー、侮れない。

こんな時、一旦立ち止まり本当に自分にとって「大切なもの」「必要なもの」を見極める絶好のチャンス。そしてこの宇宙、地球全体のエネルギーの流れに「さからわない」「あらがわない」「闘わない」、どんな現象が目の前に起ころうともリラックスして「眺める」「観察する」という姿勢がポイントになってくるよ。

自然の一部であるカラダを常に観察しカラダのサインを見逃さず、カラダからエネルギーを奪わずサポートすることを毎日コツコツ積み重ねていると、こういった非常事態といわれることが起こっても影響されず動じなくなってくる。新型コロナウィルスを想定していたわけではないけれど、砂糖、アルコール、カフェインなしのヴィーガンという自分に合った食スタイル、意識的に直観で食べることは心身ともに外側の影響を受けにくく振り回されない。毎年流行するインフルエンザ、風邪などそういうものともご縁がない。年齢もあまり関係ないね。私と同じような食生活をしている高齢な両親もそうだから。私の場合毎年医療費はゼロ。そしてどんなことが起ころうとも冷静に観察できるようになってくる。

「死ぬまで風邪をひかない」「絶対にインフルエンザにかからない」「一生熱はでない」などと宣言しているわけではなく、毎日無意識にコツコツ自分のカラダにゴミ(必要のないエネルギー、波動)をインプットすれば、その不必要なエネルギーを外へ出そうと、出血や痒み、鼻水、熱などカラダは表現してくるわけで、無意識にカラダからエネルギーを奪えば、エネルギーを奪われる体験を自分でつくりだす。また、既に無意識にカラダに与えてしまった不必要なエネルギーが存在すれば、それは世の中がつくり出した流行とはまた別のタイムライン、自然のしくみと一体となったカラダ軸の中で外側へ出してくる。実際私は今よりも昨年の久しぶりにやってきた秋のデトックスの方が辛かった。もし今新型コロナウィルスに感染しても私の中に新型コロナウィルスと共振するゴミ(エネルギー)が存在しなければ症状は出ないんだろうな。

自分にとって心地よいライフスタイルは人それぞれ。そして何を選択するかも自由。でも自然や宇宙からエネルギーを奪うとブーメランのように自分に返ってくるからシンプルに奪われる体験をすることになる。唾をはけば、出したはずの唾が必ず自分にかえってくるよ。これは脅しでもなんでもなくて。そこに「運が良い」とか「運が悪い」とか「天罰」とかそんな概念や「かわいそう」などという「情」も宇宙、自然にはないから全く容赦もしてくれない。

自然、宇宙は、空気や太陽エネルギーなど見返りを求めず私たちに与え続けながら、助けるのではなく私たちを無償でサポートし、宇宙全体、地球全体、カラダ全体で調和へ向かう。そこに、搾取、犠牲、強制などエネルギーを奪う仕組みは存在しない。だから毎日エネルギーを消耗しないよう、エネルギーを奪わないようカラダをサポートするとこを意識すると、免疫力が上がるというよりも下がらないと言った方がいいかもね。そもそもみな平等に十分な免疫力は「ある」わけで。無意識に免疫力を下げていないかを意識することが個人的には大切だと思うよ。免疫力を上げようと頑張ったとしても、無意識にエネルギーを奪っていたら意味がない。この無意識というものは無意識だけに気づきづらいから意外とやっかいなんだよね。アクセルを踏みつつブレーキをかけているようなもの。「〇〇をする」と宣言しても無意識に「自分は〇〇できない」と刷り込みや思い込みで結局実現できないことと一緒で。例えばエネルギーを奪う食べ物を無意識にコツコツカラダに毎日インプットしていたら、いくら免疫力を上げようと頑張っても逆に下がっているかもしれないからね。無意識は結構パワーを持っているから要注意。そのエネルギーを奪う無意識の積み重ねが積もり積もって自分に返ってきても、「なぜ?私だけこんな目にあうの?」といったことにもなりかねない。

今、目の前の状況をジャッジして、「恐怖心」というエネルギーでいっぱいになってしまうと心身ともにエネルギーをどんどん消耗しカラダの免疫力は下がる。これもカラダからエネルギーを奪っているんだよね。そうなってくるとカラダのメンテナンスにますますエネルギーを使えなくなる。だから、直接カラダにインプットする食べ物ももちろん大事だけど、平常心、心穏やかにリラックスした状態も大切になってくる。

この「闘わない」姿勢は、意識的食べることを実践しながら自然の一部であるカラダを観察していると、カラダが教えてくれるから自然に身についてくる。ある日突然出血したり、外出先でいきなり足が動かなくなり3年ほど歩行困難になったり、喉が腫れ寝られないほどの激しい咳の嵐や背中の激痛で数週間寝られない動けないなど、どんなに堪え難いことが起こっても、その現象に恐れ何とかしようと自動的に病院や薬など何かに依存しカラダと闘わなければ、いつの間にか嵐は過ぎ去り何事もなかったかのようにカラダは穏やかな状態にもどる。いや、もどるというよりも、不必要なエネルギーを外へ出し、その一部の症状だけではなくカラダ全体で何一つ犠牲にすることなく完全に生まれ変わってしまうんだよね。副作用や後遺症もなく何も問題がなくなってしまうから薬や手術、リハビリなど、医療に依存する必要もなくなってしまった。医療に反対するというスタンスではなく必要であればお世話になる時もあるかもしれない。ただ、医療がないと生きていけないという依存状態ではなく、あってもなくても大丈夫というそんな状態になってくる。

自然、宇宙のしくみにはエネルギーを奪う仕組み、犠牲などはないからね。自然の一部であるカラダがそうおしえてくれる。薬や手術などの医療は残念ながらエネルギーを奪う仕組みの中に存在する。不調和をさらに不調和へ導いてしまうんだよね。人間は宇宙全体を隅々まで目に見えない部分も含めそれらがどう影響し合っているかなど完全に解明しきれていないわけだからその知りうる切り取った範囲内でしか医療という領域で表現できないわけで。自然の一部であるカラダは目に見える部分だけでなく見えない部分も含め環境や宇宙など全ての繋がりの中で影響し合って存在する。だからその見える一部分に対してのみ何とかしようとアプローチしても見えない部分を含む全体性までは考えられていない。「自然の仕組み」とは違う「エネルギーを奪う仕組み」の中にいる限り、どんなに頑張っても、どんなにすばらしい先生だとしても、堂々巡りで延々と闘いは終わらない。私たちのカラダは私たちのものではなく自然、宇宙の一部。だからエネルギーを与える、エネルギーを奪わない自然の仕組み、自然の流れの中に戻れば自動的に調和へ導いてくれる。自然は完璧だよ。それも日々のカラダとの対話で気づくようになってくる。原始時代に戻ろうと言っているわけではないよ。

東日本大震災、原発事故、新型コロナウィルスと目には見えないけれど存在するエネルギーの時代に入ってきた。東日本大震災、原発事故から少しずつ準備する時間はたくさんあったわけで。もし世界が、政治が、企業が、医療が調和という方向に向かっていて、エネルギーを奪わない自然の仕組みの中に存在するなら今既に何も問題はなくなっているはずなんだよね。

新型コロナウィルスもはじまりだね。目の前の現象に「ジャッジしない」「闘わない」を意識していくと、「反対運動」にもフォーカスしなくなってくる。以前の私は「正しさ」を握りしめ「反対」することに意義があると思い込んでいたけれど、「反対」も「賛成」も「善」も「悪」も同じエネルギーなんだよね。「反対」だろうが「賛成」だろうがその対象にフォーカスすることによって、その対象にエネルギー、パワーを与えていることになる。つまり一生懸命「反対」することによって、その対象は力をつけて巨大化していくんだよね。だからもしその対象が自分にとって必要のないことだと感じたなら、その対象に対してエネルギーを流さないことが大切で。自分の貴重な創造力を不必要な対象に使わず、そっとそこから離れる、断ち切ることがポイント。自分にとって必要のないエネルギーを奪う食べ物や私の場合砂糖も同じことで。自然の一部であるカラダが病気という症状で私たちにサインをおくってきたら、もうその不必要なエネルギーからそっと離れる、もうカラダにインプットしない。何をインプットするのか、何から離れるのかは人それぞれ。今までの状態が心地よいと感じるなら離れる必要はないし、自然、宇宙は強制という概念はないからね。でも自然のしくみの中では自分が発信したもの、自分が与えたものはキッチリ自分に返ってくるよ。無意識だろうが意識的だろうが関係なくね。

どんなことが起ころうとも、「恐怖心」についていかず「ジャッジ」せず「観察する」というそんなスタンスが身についていくとこれからの時代生きやすいかもね。目の前の現象に一喜一憂せずただ今やるべきこと、やりたいことにフォーカスできる。そこが最大のメリット。自分にとって必要ないことにエネルギーを消耗せず、自分の見たい世界、体験したい世界にエネルギーを使うということ。「引き寄せの法則」「思考が現実化する」とよく聞くけれど、まさにその通り。今感じていること。今考えていることを自分で現象化して体験する。だから今、何を感じているかがとても重要で。今を穏やかにリラックスしてすごしていれば(俯瞰的視点で、たくさんのもの、こと、ひとに依存、執着せず〇〇があってもなくてもいいと思える状態で「ある」こと)ずっと穏やかなリラックスした状態を自分で創造していくということになる。今恐怖を感じ振り回されているならば自動的にそして永遠にそのサイクルの中で恐怖をつくり出し体験していくことになる。そう、誰のせいでもなく自分で見たい世界を今見ているんだよね。

カラダを観察していると、内臓やカラダのあらゆる組織などと同じように、宇宙、自然、世界は何一つ無駄がないと感じるよ。全てはあるがままで完璧。「大変だ!」「怖い!」と感じてしまうような酷い状況でも、全ては順調で調和に向かっているということを、毎日変化する自然の一部であるカラダがそれを教えてくれる。どんなに「恐怖」と感じる痛みを伴う病気でも自然の一部であるカラダが自然と一体となって完全に快復してしまうからね。でもエネルギーを奪う仕組みの中にいる限り目の前の現象は変わらない。

そんな体験、実感があると、「恐怖心」からちょっと離れて客観的に観察、眺められるようになってくる。自然の仕組みが完全な調和へ導いてくれる完璧なプロセスを何度も何度も、家族や私のカラダを通して実際に観察し体験してきたから、世界中でどんなに恐ろしいことが起こっているというニュースを見聞きしても、全ては調和へ向かっていると信じられるから淡々と今やるべきことに集中し待つことができる。

アドラーの心理学の全体論にもあるように、全体性に気づき調和へ向かっているということを既に知っているという感覚があると恐怖心は薄れていくし、エネルギーを奪わない自然の仕組みの中では、病気などというあらゆる問題もそもそも存在する必要がないことにも気づいてくる。あらゆるもの、ひと、ことを奪い合う戦争もエネルギーを奪い合う仕組みの中に存在する。今年開催予定の近代オリンピックもその奪い合う戦争と同じ仕組みの中に存在するものの一つ。自然のしくみにはそもそも問題や犠牲、搾取、強制、競争というものはない。カラダが自然のしくみ、本質をおしえてくれる。カラダの不調だけでなく、世の中で起こる問題というものは、自然の摂理に逆らってエネルギーを奪い闘っているというサインでもあるんだよね。善悪で判断してるのではなく自然の仕組みに逆らわずエネルギーを奪うことをしなければ何も問題は起こらない。オリンピックの今後の展開もどうなるのかジャッジせずただ観察して眺めるだけ。スポーツが良い悪いということを議論したいわけではなく、目に見えない隠されている物事の本質、根っこの部分、何を意図しているのか、そのあたりを感じ取ることが大切になってくるよという話。その本質を見ず無意識に与えられたものをそのまま受け入れていくことによりまた同じ体験を繰り返していくことになるからね。でもそれを体験したいのであればそれはそれで問題ないわけで。全ては自由。何を体験するかも良い悪いはなく人それぞれ。見たい世界を体験する。ただ、そのあなたが見たいと思っている世界が、本当にあなたの本質が見たいと思っている世界なのかどうかがポイント。意外と外側に影響され、自分が見たいと思い込んでいる可能性もあるからね。

ちなみに、2020年の年サイクルは、数字「4」のエネルギー「安定」。新型コロナウィルスなど今大変なことが起こっていても調和に向かっているということが数字のエネルギーでもわかるよね。今まさに安定、調和に向かっているというプロセスの真っ只中。2020年は始まったばかりなわけで、これからまだ辛いことももしかしたらあるかもしれない。自然、宇宙は容赦なし。期待せず全てはなりゆきにおまかせ。そして外側に介入せず内側を整える。

私も新型コロナウィルスに感染し死ぬ可能性もあるわけで。でもねその死に対する恐怖心もあまりないんです。肉体はいつかは土にかえるわけで。全体の一部であり全ては繋がっているという全体性を感じるようになってくると「死」に対してそんなに恐れなくなってくるというより、絶対に健康を維持し長生きしたいといった「生」に対する執着がなくなってくるんですよね。過去や未来にフォーカスしエネルギーを消耗せず、今、ここにフォーカスし味わい体験し尽くすようになってくる。

何が起こるかわからないこのご時世、病院、薬、サプリメントなど外側の何かに依存しない自立したカラダや意識は地味に強いよ。〇〇がないと生きていけないという状態ではなく、あってもなくても満たされている穏やかでリラックスした状態。今、ここで、電気がなくてもお金がなくても何もなくても何が起こっても最終的には調和へ向かっている、大丈夫だということを既に知っているという感覚。

全てはなりゆきにおまかせ。流れに乗る、波に乗る、まさにサーファーだね。サーフィンはやったことがないけれど、嵐が収まり波が来るまで今足元にあるやるべきことをやり準備をしながら待つ。「待つ」という態度とつながっている内臓は「肝臓」。「肝臓」のエネルギーを奪わず「肝臓」がそもそも持っている機能を保ちエネルギーがチャージされている状態であればイライラせず待つことも自然にできるよ。内臓も感情も行動も全て自然、宇宙と繋がっているからね。

今あなたはどんな世界を見て、何を感じていますか?そして今年2020年は、何を創造し何を体験しますか?


Category:health  Tag:エネルギー / 不食 / 健康 /

不食、現代医学、ワクチン、憲法など「秋山佳胤のいいかげん人生術」がおもしろい!

この本、めちゃくちゃ腑に落ちる内容だらけで面白かった!



以前不食の記事をアップしましたが、意外とアクセス数が多いんです。

こちら、マーマーブックスフォーメンの創刊号で初めて知った秋山佳胤(よしたね)さん。犬のイラストがかわいくって手に取った雑誌。記事の内容は一味違うから個人的に好き。



その創刊号に不食を実践されている秋山佳胤さんのインタビュー記事が掲載されていて、山奥ではなく東京で弁護士をしながら子育てもしているというそんな秋山さんってどんな方なんだろうと気になっていました。そして先週本屋さんのレジ横に秋山さんの本が積まれていて…。即購入!

秋山さんご自身の写真ものっていて、男性ですが野獣という感じではなく優しそうな穏やかな印象を受けました。

憲法の話、ワクチンの話、病気の話、子育ての話などなどそう、そう!っていうことだらけでワクワク!

病気に関して、やはり秋山さんもどんどん毒素は出したほうがいいとおっしゃっていて「炎症反応とはゴミを浄化するありがたい反応」「好転反応とは浄化と排泄の絶好の機会」と。私も日々の体験や家族や友人の体験などを聞いて本当にその通りだなと。毒素を出した後体は元気になってしまうから。手術、薬を飲んで症状を止めてしまうということは実はカラダをさらに不調和へ導いてしまう古いやり方。

そしてどんなことがあってもリラックス、すべてにサレンダー。良い悪いで裁かない。私も常にカラダの声を聞くように直観を大切にしていますが、秋山さんも「自分こそが肉体の主人である。その態度が大事」と。病院へ行かなくてもドクターはあなたの中にいる。秋山さんはケガも自ら治してしまったそうです。

日本人が摂取しているひとりあたりの抗生物質の量は世界でトップクラスらしく、水銀の蓄積量も世界でダントツ1位。

1番に気に入ってしまったのは、読み始めてすぐに目に入った「アドバイスを受けるときのアドバイス」。「世間一般にいわれている説を、何もかも真に受けないことが、何より大事です。」と。このブログの記事もあくまでも1サンプル。鵜呑みにせず自分の直観や体験、内なる声を大切に。

食べ物をついつい物質と思いがちですが、命のあるエネルギー。秋山さんも不食といってもエネルギーを食物からではなく空気から受け取っている。

すっかり人間は食べ物に命があることを忘れてしまっていますよね。電子レンジで簡単にチンしてしまいますが、実は生命力は失われてしまっているんですよ。見えないからわからないかもしれませんが。ということは物質的にはカラダに与えているつもりでもカラダに生命力、エネルギーを与えることにはなっていないことになる。

そしてこの一文、「予防接種には毒性の成分が入っている」。ワクチンには例えば毒である水銀、アルミニウム、発がん性の高いホルムアルデヒドが入って危険にも関わらず予防接種の効果なしと。私もワクチンは必要ないと感じる。もちろん病院や薬、ワクチンにはヴィーガンになって全くお世話になっていない。そのおかげで何も問題はない。THINKERというサイトでもワクチンについてわかりやすく説明されている。

秋山さん曰く、子宮頸がんワクチンの被害者のけいれんと水俣病の水銀中毒の症状がとても似ていると。国やマスコミの言っていることを鵜呑みにしないということはこれからますます大切なことになってくると思う。秋山さんの息子さんも予防接種は一本も打っていないらしい。

さらに「新しい知恵や技術をマスコミは伝えない」これもヴィーガンになって医療費がゼロになってしまった私には腑に落ちる言葉。

秋山さんは「フッ素」のお話もされていて。マスコミや政府は「フッ素」だけでなく「原発」など事実を伝えていないと。原発に関してはもっと安全で持続可能な技術は存在する。未だに福島の原発では放射能が漏れっぱなし。汚染水、処理水も海へ流され続けている。そんなことは今はもう報道もされていない。

話は変わって秋山さんのお子様もやはりゲームに夢中のようで。私はゲームには全く興味がわかないのですが、「ゲームは楽しみであり、瞑想である」とも書いてありましたよ。お子様には何もいわないらしいです。秋山さんの叱らないいいかげんで適当な自由な子育ても面白い。

「憲法は国民ではなく国家権力を縛るもの」国に対しての法だから「政府が憲法を改正しようなんていうときは、まず注意したほうがいいです」とも。

とても大事だと思ったのが「まずは自分が自己犠牲をやめ、ハッピーに過ごす」。他人に合わせる、断ることが申し訳ないなどと日本人はついつい相手を優先しがちなのでいろいろと感情が出てきますが、私は自分に合った食スタイル、ヴィーガンと出会いまず自分をハッピーにする満たすことを優先するようになった気がします。カラダの声を無視しある意味無意識に自分を痛めつけないがしろにしていたなと。人と違うということは日本だと目立ちますがヴィーガンになって人と違ってもOK!わがままではなくあるがままの自分のスタイルを大切にする、外側の声ではなく内なる声を聞くということが大切でありそれが自分を愛する優先することにつながることを実感しています。心身ともにとても楽だから。

カラダの声、直観に従って食べたいときに食べたいものを食べたいだけ食べる。これが一番カラダにいいとおっしゃっている秋山さん。自分の体の声、直観を聞き続けること感じることは本当に大切だなと思えた本でした。


Category:memo  Tag:エネルギー / ヴィーガン / 健康 / 映画 / 自然

Thrive(スライヴ)

数年前に出会ったドキュメンタリー映画Thrive(スライヴ)。ヴィーガンになって11年目、薬や病院に全くお世話にならなくなった現在の私にとって社会や経済の仕組みに関してなるほど腑に落ちる内容でした。既に本やネットなどで入手できる情報なので今さらという感じかもしれませんが。

医療費ゼロの私の食生活、病気との関係はマスコミが発信しているほとんどの情報と真逆の世界。「病気=恐怖」と捉え「病気をなおす、何とかしよう。」ではなくそれを超えたところにある。病気や目の前の現象に対して戦わずサレンダーして何もしない。ただ観察するのみ。病気は調和に満ちた私たちへのメッセージなんです。

この映画、闇の世界(支配者)の罠だという意見など賛否両論あるようですが…。この内容について本当なのか嘘なのか、罠なのか、議論するつもりは全くありません。証拠はあるのか?誰が言ったから信じるということではなく、自分の感覚や体験を大切に、いいとこどりで。

海外のThrive公式サイトやYouTubeでも見ることができ、DVDも発売されています。Thriveの情報がすべてとは言いませんが、病気や食のあり方と同様エネルギー問題や政治など、さまざまな見えない仕組みや利権の中でどうしようもなくなっている今の時代、特に社会や経済の仕組みを知るにはわかりやすくていいかも。たくさんある情報の中の1つとしておすすめです。



UFOやフリーエネルギーなど興味深い内容もありますが、ピンときた方はぜひ!

そうそう、社会の仕組みと言えばクリエイティブ集団が立ち上げたTHINKERというサイトもいいかも。「戦争のしくみ」「お金のしくみ」「ワクチン」などなどわかりやすい。そのTHINKERから「マスコミとお金は人の幸せをこうして食べている(5次元文庫)」という本も出ていますよ。


Category:memo  Tag:エネルギー / ヴィーガン / 自然

原発、地震、病気、VEGANの私

熊本県の地震、被災された方々を思うと言葉もありません。いつどこで何が起こるかわからないこのご時世。自分のカラダと同様、自然は私たちがコントロール(想定)できるものではないとつくづく思います。

東北大震災では大地震や津波、福島原発事故、こちらも大変なことが起こりました。そしてチェルノブイリ事故から今年で30年。廃炉方法がわからずどうしようもない状況。

先月最初の週末だったかな。土曜日13時からの「久米宏のラジオなんですけど」を聞いていたら城南信用金庫の相談役である吉原毅さんがゲストでした。東日本大震災による福島第一原発事故後に「脱原発」「原発に頼らない安心できる社会づくり」をすぐに発信された城南信用金庫さん。今でもはっきり覚えています。

原発でつくられた電気コストについて久米さんとゲストがお話されていました。もともとあった福島のすばらしい自然豊かな土地を奪い住めなくなるだけでなく、精神的なダメージ、補償、事故後の処理や管理(何十年、いやいつ終わるかもわからない)などなどそれらすべてのコストが現在原発でつくられているエネルギーコストに入っていないと。燃料費だけでなくそれらのトータルコストを考えると原発の電気が安いわけがないと。

工場で火事があった場合、即生産中止。原因究明がされしっかりとした安全対策があってやっと再生産となるに対して原発は?

吉原毅さんのお話の中で信用金庫の理念について語っておられ、お金を貸す時はお客様に本当に今貸すべきタイミングなのか、そのお金を貸すことでお客様が大変な問題をかかえることになり潰れてしまうことはないのかとその先のことまで考え最終的にお客様が不幸になる可能性がある場合はお金を貸さないという選択肢があると。儲からないから貸さないではないんですよね。やっぱり城南信用金庫さんはすごいなぁと。本当に持続可能な社会や人々、環境など全体のコトを考えていらっしゃる。

今もなお、福島原発事故後の処理は終わっていない。安全神話をみな信じこんでいたけれど次は原発が安いと言っているそれを鵜呑みにしてそれしかないと信じている節もある。

はっきりいって安全か危険かは一目瞭然。そんな議論をしている場合ではなく、今すぐ原発をやめたとしても、これから何十年、いやどれくらいかかるかわからない福島原発事故後の処理、はたまた今もずっと出し続けている大量の使用済み核燃料(ゴミ)の処理や管理なども含め誰もがどうしたらよいかわからない。

原発の話や病気、ヴィーガンの話は全く関係ないように見えるかもしれませんが、「生きていくには、肉や魚や卵や牛乳 、白砂糖は必要。それなしでは生きていけない。」という声と「生きていくには原発が必要。原発しかない。」という声がどうしてもリンクしてしまう。慣れ親しんだやり方の中でそれが1番と信じこむそんなところに違和感を感じてしまう。

私も従来の栄養学の通り肉、魚、卵、白米、白砂糖、牛乳などを喜んで食べていた1人。現在とは真逆の食生活でした。私の場合、カラダ(=自然)はどんどん不調和の状態(=病気)へ。しかし、たくさんの方々のサポートでヴィーガンという食スタイルに方向転換し動物性食品、アルコール、砂糖無しで普通に生きています。しかも原因不明のカラダの症状は消え病院にお世話になる必要もなくなってしまった。さらには「不食」という世界もすでにあり、その域になると食料問題という「問題」が問題でなくなってしまうわけで。

動物性食品、農薬や化学肥料たっぷりのF1種野菜やお米、薬に頼らず、環境にも肉体にも負担をかけない食スタイルは存在する。原発に頼らずとも持続可能な安全でクリーンなエネルギーで生活できる可能性も存在するはず。

食生活を変えただけですが世の中の見方や入ってくる情報もどんどん変化していることに気づきます。パナマ文書だけでなく知らない、いや知らされていないことがまだまだたくさんある。

社会や経済の仕組みについてわかりやすくまとめたドキュメンタリー映画があるのですが、こちらはまたの機会に。


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about(自己紹介)
自己紹介写真 こんにちは! 穀物菜食(VEGAN)という食スタイルに 出会ってから、ずっとつらかった原因不明の カラダの症状がいつのまにか消えていました。 動物性食品、ナス科の野菜(トマト、じゃがいも、なす、ピーマン、唐辛子)、アルコール、カフェイン、 白砂糖なしのVEGAN LIFE(ビーガン ライフ)を楽しみながら 日々の気になることを綴っています。

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