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Category:health  Tag:デトックス / ヴィーガン / 健康 / 甘味料 / 砂糖 / 花粉症

春のデトックスは1年のカラダの総決算。花粉症もカラダにたまったゴミを出すチャンスだよ。

日本人の約4割が花粉症とか。私もその一人だったから本当に辛かった日々を思い出す。カラダの声を聞いて意識的に食べることを実践するだけで花粉症は消えるし花粉症対策もいらなくなるよ。お財布にもやさしいし、サプリメントや瞑想、運動や修行、ポジティブ思考、〇〇〇ワークとかそういったものも特にやっていない。それらが良いとか悪いとかそういうことを議論したいわけではなく、個人的にシンプルな生活、可能な限り日々やるべきことを最小限にしてやりたいこと、今やるべきことに集中したいタイプというか単純に面倒くさがりなんですよね。

面倒だと個人的に感じること、例えばある場所に行かないとできないとか、わざわざ何かを買わないとできないとか、年会費や実践するたびにお金がかかるとか、必ずグループに所属しなければならないとか、そういうものだとなかなか私の場合は続かない。日常の延長がいい。

というよりこのご時世、いつ、どこで、何が起こるかわからないじゃないですか。災害だけでなく想定外のことはふつうに起こり得る。そんな時、電気や水道、ガス、PCが必ずしも使えるとも限らず、外出できない、家財道具や家など全て一瞬にして失ってしまうわけで。

そんな時代だからこそ何かに依存するって危ういなと思うのです。〇〇がないと生きていけない、そういうものがあればあるほど失ったショックは大きく、失う恐怖も強くなる。でもあってもなくてもなくても大丈夫だと思えるそんな感覚がこれからの時代より大切かなと個人的には感じていて。何もなくてもまたゼロから立ち上がれる力というか。

そしてお金がかからなければかからないほどいいじゃないですか。不測の事態でお金を持っていても通常どおり使えるとは限らない。だから何もなくてもなんとかなると既に知っているそんな感覚があると強いなと。今、ここを信じる力は、日々カラダとの対話で培われ、私もカラダも宇宙、自然の一部であり全てと繋がっていることを感じるから恐怖よりも安心感が強くなる。全体性に気づくと外側で何が起ころうともブレなくなる。自然は太陽も空気も無償で私たちに毎日与えてくれているし、私たちの内側にある完璧で最高に優秀なドクターも無償だからありがたい。でもそこには信頼関係がないとカラダの声はなかなか聞き取れないけどね。

私の場合、動物性由来のもの、アルコール、カフェイン、砂糖のエネルギー(波動)をカラダにインプットしなくなったら春に大量のあごニキビや花粉症によってゴミを出す必要がなくなってきた。私のカラダはこれらのエネルギー(波動)をカラダに与えるとNO!というサインを出してくる。

今日ラジオからドキッとするエピソードが聞こえて一瞬かたまった…。花粉症や年中ある鼻炎、鼻詰まりを薬に頼らず治すために鼻の粘膜を焼くレーザー手術を昨年したそうで。それで完治したならよかったよかったという話なのですが、3年もつだろう(個人的にはたったの3年しかもたないの?と思ってしまいましたが…)と言われたレーザー手術をし、術後の死にそうな副作用(大量の鼻水と鼻詰まりだったそうで)を乗り越えたにも関わらず今年、つまり今もひどい花粉症に悩まされていると。あまりに辛いので別のお医者さんへ診てもらったら「鼻の肩穴がレーザー手術の後、腫れたまま固まってしまったらしく死んでしまってるからそこを切り取りましょうか?」と。

ご本人は笑いながら話をしていたけど、いや笑うしかないんだろうけど、リスナーの私はいろいろ想像してしまって自分ごとのようにそのラジオの方のカラダは大丈夫なんだろうか⁈と思ってしまった…。こういう現実もあるんだね。

花粉症や鼻水、鼻詰まり、全てカラダの症状はカラダの不調和のサイン。病院、手術、薬で何とかしようと戦っても恐怖に基づくエネルギーの循環の中で堂々めぐり。まさにそれをそのまま体験されていた。何かよい方法を一生懸命探しているようでしたが、ネット情報で「〇〇〇で治った。」とあってもあやしそうで信じられないようなことを言っていました。

たぶん「花粉症は消える。治る。」とこのブログにアップしてもなかなか世の中では信じがたいあやしいものなんだね。有名人やステータスのある人物、権威のある大学病院の先生など、そんな方から発信された情報や公的なエビデンスに基づいた情報、数値の方が自動的に安心だと感じ受け入れられるんだね。

「お金でも人でも情報でも何においても受け取る人が準備できていないと受け取ることはできない。」と聞いたことがあったけど全くその通りで。例えば誰かが困っている私に良かれと思い情報を提供してくれたとしても、その時の私がその情報の価値に気づいておらずその情報を必要としていない、ほしいと思っていない場合は全く響かないし受け取れない。

そして、情報を提供する側の意識も結構大切で。「誰かを助けたい」「誰かを癒してあげたい」そういう想いや意識、状態で発信すると「助けてほしい」「癒してほしい」という依存的な人が目の前にたくさん現れる。というよりそういう依存的な人々を現実に自分でつくり出しているということなんだよね。自分の中にあるもの、意識(エネルギー)が外側に現れる。病気も自分の中にある必要のないゴミ(エネルギー)が外側に現象化されているシンプルなカラダの表現。

実はカラダを観察していると、自然のしくみには「かわいそう」などという「情」は一切なく、自然の一部であるカラダは、私たちを「助ける」というより常に見守り「サポート」をしてくれているということがよくわかってくる。「情」がないということは今の私たちにとっては冷たいと感じるかもしれない。でも自然の仕組みはそういうものなんだよね。すぐに「答え」を与えるようなことは決してなくて、私たちが気づくまでずっと見守りながらサインをおくり続けてくれる。花粉症もそうだよ。自然は容赦しないからね。耐え難い症状を体験することもあるけれどそれも罰ではなくシンプルにカラダからの不調和のサイン。

そういえば花粉症になった年は、徹夜仕事があったり圧倒的に睡眠時間が不足していて食生活もめちゃくちゃでした。そんな時に取り組んでいた仕事が新しく発売される2種類のお酒。でもねネーミングがちょっと変だったんですよね。一つは「森羅万象」でこちらはありかもしれないけれど、もう一つが「すやすや」で、なぜこんなネーミングになったの⁈と思っていました。当時はこの2つのネーミング、ただ変な商品名だなぁと思っていただけだったけれど今はあらためてビックリする。私に必要なメッセージだったんだなと。寝不足の私に「寝なさい」自然の流れに逆らって必死に頑張る生活をしていた私に「流れに戦わず、自然、宇宙とつながりなさい」とサインをおくってくれていたんだよね。カラダのサインだけでなく至る所でこんなこともたくさん起こっているんだよね。リラックスして俯瞰的視点がないとなかなか気づけないことが多いけど。だから今、ここに意識を集中させるってすごくおもしろい。自分に必要なヒント、アイディア、メッセージ、そう宝物が身の回りのいろんなところに隠れてる。まさにリアルRPGだよね。個人的にはヴィーガンになって、アルコールや砂糖などの依存しやすいエネルギーをカラダにインプットしなくなるとそれに気づきやすくなってくる気がしている。

そして、そのサインになかなか気づかなかったとしても、自然、宇宙は、私を決して責めたりせず受け取れるその時までじっと待っていてくれるんだよね。耐え難い症状の真っ只中にいる時は痛くて辛くて一瞬冷たいように感じるかもしれないけれど、全体で完璧なプロセスでカラダを調和に導いてくれるから最終的には「愛」を感じられるんだよね。これは「愛情」じゃないよ。「愛情」は全く別物。

私も気をつけていないと結構無意識にやってしまっている行動が、子供や目の前の人の「自分で気づくチャンス」をよかれと思い混み奪ってしまうこと。実は、自分で気づくことがとても重要で。病気(カラダ)に対して戦わず、介入せず、観察しサポートすることと全く同じで、これが自然の仕組みでは基本なんですよね。だから家族だろうと子供だろうと友人だろうと介入せず、それぞれのオリジナルのプロセスを尊重し見守ることを意識するようになってきた。

だから「誰かを助けたい」というより「今、目の前の人に必要なサポートとは何なのか。」を意識して必要な人に必要なことが届けばいいなと個人的な体験をこのブログに綴っています。私も今まで、そして今も家族を含む周囲の人、自然や自然の一部であるカラダ、本、ブログなど、たくさんのサポートを受けている。大切なことを聞いても受け取れる準備が整ってないとなかなか腑に落ちるところまでいかないことが多い。でも誰かのサポートの前にまず「自分を整える」「自分を満たす」「自分を愛する」ことが先決だけどね。

全てはエネルギー、波動だね。「気づくタイミング」も「何に気づくか」も人それぞれで良い悪い、早い遅い、高い低いも関係ないし、最終的に自分を助けられるのは自分しかいない。花粉症に嘆いていたラジオの方は薬でなんとか少しはおさまっているようでした。その方にとって根本からカラダが解放されるピッタリの方法と出会えるといいな。

春は肝臓の季節。自然は完璧だからカラダとともにどんな意識でどんな過ごし方をしてきたのか1年の全てが現れる。誰も見てないと思っても自然、宇宙は騙せない。自然の法則では意識、無意識関係なく自分が自分に与えたもの、自分が発信したものがしっかり返ってくるからね。カラダのエネルギーを奪ったら奪われる。毎年そこがややドキドキするけど半分楽しみ。

今年は2月初旬、花粉が飛び始めたことがすぐわかった。朝の目覚めと同時に鼻の粘膜がパキッと乾燥していることを感じ、その1週間後少しの鼻水とくしゃみ、目の際の痒みを感じたから。でもそれ以降は何もないから今のところセーフみたい。自分がピンときたことを実践しカラダや日々の生活が軽やかにラクに楽しくなっているならそのやり方は自分に合っている証拠。本来の自分に気づき本来の自分を取り戻してくると問題が問題でなくなる、問題が存在できなくなるからね。そこで見極められるよ。

人によっては毎日消化や恐怖などの感情にエネルギーを消耗しすぎてデトックスに使えるエネルギーが残っておらずゴミがあっても出せないこともある。花粉症は辛いけれどゴミを外へ出せるという意味ではラッキーなことなんだよね。本当に大量の鼻水に激しい皮膚の乾燥、痒みと辛すぎる症状だけど、とことん出してそのあと必要ないエネルギーをもうインプットせず断ち切る、そっと離れることが大切。私の場合、カラダに合わない甜菜糖(エネルギー)からなかなか離れられなかったけどね。甘味料の体験もあくまでも私のケースであって甜菜糖を食べても何も問題ない人もたくさんいるからこのブログも1サンプル。みんなに合うとは限らないから、それぞれが感じることを第一に。

あなたのカラダ、元気ですか?カラダの声、聞いていますか?


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about(自己紹介)
自己紹介写真 こんにちは! 穀物菜食(VEGAN)という食スタイルに 出会ってから、ずっとつらかった原因不明の カラダの症状がいつのまにか消えていました。 動物性食品、ナス科の野菜(トマト、じゃがいも、なす、ピーマン、唐辛子)、アルコール、カフェイン、 白砂糖なしのVEGAN LIFE(ビーガン ライフ)を楽しみながら 日々の気になることを綴っています。

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