Category:health  Tag:エネルギー / ヴィーガン / 免疫力 / 恐怖心 / 意識 / 数秘術 / 波動

数秘術で今月のサイクルは「7 休息」。どんな現象が起ころうとも「恐怖心」についていかず「闘わない」。

3月がはじまり世間は新型コロナウィルス関連の情報で溢れかえっていますが、数秘術からみる2020年3月のサイクルは「7」のエネルギー「休息」。今月は見事に世界の流れが数秘術の数字「7 休息」に現れているね。新型コロナウィルスの影響で、学校、イベント、経済活動といろいろなところで混乱が起こり止まり始めている。数学者ピタゴラスは「万物は数なり」と言ったそうで、数字のエネルギー、侮れない。

こんな時、一旦立ち止まり本当に自分にとって「大切なもの」「必要なもの」を見極める絶好のチャンス。そしてこの宇宙、地球全体のエネルギーの流れに「さからわない」「あらがわない」「闘わない」、どんな現象が目の前に起ころうともリラックスして「眺める」「観察する」という姿勢がポイントになってくるよ。

自然の一部であるカラダを常に観察しカラダのサインを見逃さず、カラダからエネルギーを奪わずサポートすることを毎日コツコツ積み重ねていると、こういった非常事態といわれることが起こっても影響されず動じなくなってくる。新型コロナウィルスを想定していたわけではないけれど、砂糖、アルコール、カフェインなしのヴィーガンという自分に合った食スタイル、意識的に直観で食べることは心身ともに外側の影響を受けにくく振り回されない。毎年流行するインフルエンザ、風邪などそういうものともご縁がない。年齢もあまり関係ないね。私と同じような食生活をしている高齢な両親もそうだから。私の場合毎年医療費はゼロ。そしてどんなことが起ころうとも冷静に観察できるようになってくる。

「死ぬまで風邪をひかない」「絶対にインフルエンザにかからない」「一生熱はでない」などと宣言しているわけではなく、毎日無意識にコツコツ自分のカラダにゴミ(必要のないエネルギー、波動)をインプットすれば、その不必要なエネルギーを外へ出そうと、出血や痒み、鼻水、熱などカラダは表現してくるわけで、無意識にカラダからエネルギーを奪えば、エネルギーを奪われる体験を自分でつくりだす。また、既に無意識にカラダに与えてしまった不必要なエネルギーが存在すれば、それは世の中がつくり出した流行とはまた別のタイムライン、自然のしくみと一体となったカラダ軸の中で外側へ出してくる。実際私は今よりも昨年の久しぶりにやってきた秋のデトックスの方が辛かった。もし今新型コロナウィルスに感染しても私の中に新型コロナウィルスと共振するゴミ(エネルギー)が存在しなければ症状は出ないんだろうな。

自分にとって心地よいライフスタイルは人それぞれ。そして何を選択するかも自由。でも自然や宇宙からエネルギーを奪うとブーメランのように自分に返ってくるからシンプルに奪われる体験をすることになる。唾をはけば、出したはずの唾が必ず自分にかえってくるよ。これは脅しでもなんでもなくて。そこに「運が良い」とか「運が悪い」とか「天罰」とかそんな概念や「かわいそう」などという「情」も宇宙、自然にはないから全く容赦もしてくれない。

自然、宇宙は、空気や太陽エネルギーなど見返りを求めず私たちに与え続けながら、助けるのではなく私たちを無償でサポートし、宇宙全体、地球全体、カラダ全体で調和へ向かう。そこに、搾取、犠牲、強制などエネルギーを奪う仕組みは存在しない。だから毎日エネルギーを消耗しないよう、エネルギーを奪わないようカラダをサポートするとこを意識すると、免疫力が上がるというよりも下がらないと言った方がいいかもね。そもそもみな平等に十分な免疫力は「ある」わけで。無意識に免疫力を下げていないかを意識することが個人的には大切だと思うよ。免疫力を上げようと頑張ったとしても、無意識にエネルギーを奪っていたら意味がない。この無意識というものは無意識だけに気づきづらいから意外とやっかいなんだよね。アクセルを踏みつつブレーキをかけているようなもの。「〇〇をする」と宣言しても無意識に「自分は〇〇できない」と刷り込みや思い込みで結局実現できないことと一緒で。例えばエネルギーを奪う食べ物を無意識にコツコツカラダに毎日インプットしていたら、いくら免疫力を上げようと頑張っても逆に下がっているかもしれないからね。無意識は結構パワーを持っているから要注意。そのエネルギーを奪う無意識の積み重ねが積もり積もって自分に返ってきても、「なぜ?私だけこんな目にあうの?」といったことにもなりかねない。

今、目の前の状況をジャッジして、「恐怖心」というエネルギーでいっぱいになってしまうと心身ともにエネルギーをどんどん消耗しカラダの免疫力は下がる。これもカラダからエネルギーを奪っているんだよね。そうなってくるとカラダのメンテナンスにますますエネルギーを使えなくなる。だから、直接カラダにインプットする食べ物ももちろん大事だけど、平常心、心穏やかにリラックスした状態も大切になってくる。

この「闘わない」姿勢は、意識的食べることを実践しながら自然の一部であるカラダを観察していると、カラダが教えてくれるから自然に身についてくる。ある日突然出血したり、外出先でいきなり足が動かなくなり3年ほど歩行困難になったり、喉が腫れ寝られないほどの激しい咳の嵐や背中の激痛で数週間寝られない動けないなど、どんなに堪え難いことが起こっても、その現象に恐れ何とかしようと自動的に病院や薬など何かに依存しカラダと闘わなければ、いつの間にか嵐は過ぎ去り何事もなかったかのようにカラダは穏やかな状態にもどる。いや、もどるというよりも、不必要なエネルギーを外へ出し、その一部の症状だけではなくカラダ全体で何一つ犠牲にすることなく完全に生まれ変わってしまうんだよね。副作用や後遺症もなく何も問題がなくなってしまうから薬や手術、リハビリなど、医療に依存する必要もなくなってしまった。医療に反対するというスタンスではなく必要であればお世話になる時もあるかもしれない。ただ、医療がないと生きていけないという依存状態ではなく、あってもなくても大丈夫というそんな状態になってくる。

自然、宇宙のしくみにはエネルギーを奪う仕組み、犠牲などはないからね。自然の一部であるカラダがそうおしえてくれる。薬や手術などの医療は残念ながらエネルギーを奪う仕組みの中に存在する。不調和をさらに不調和へ導いてしまうんだよね。人間は宇宙全体を隅々まで目に見えない部分も含めそれらがどう影響し合っているかなど完全に解明しきれていないわけだからその知りうる切り取った範囲内でしか医療という領域で表現できないわけで。自然の一部であるカラダは目に見える部分だけでなく見えない部分も含め環境や宇宙など全ての繋がりの中で影響し合って存在する。だからその見える一部分に対してのみ何とかしようとアプローチしても見えない部分を含む全体性までは考えられていない。「自然の仕組み」とは違う「エネルギーを奪う仕組み」の中にいる限り、どんなに頑張っても、どんなにすばらしい先生だとしても、堂々巡りで延々と闘いは終わらない。私たちのカラダは私たちのものではなく自然、宇宙の一部。だからエネルギーを与える、エネルギーを奪わない自然の仕組み、自然の流れの中に戻れば自動的に調和へ導いてくれる。自然は完璧だよ。それも日々のカラダとの対話で気づくようになってくる。原始時代に戻ろうと言っているわけではないよ。

東日本大震災、原発事故、新型コロナウィルスと目には見えないけれど存在するエネルギーの時代に入ってきた。東日本大震災、原発事故から少しずつ準備する時間はたくさんあったわけで。もし世界が、政治が、企業が、医療が調和という方向に向かっていて、エネルギーを奪わない自然の仕組みの中に存在するなら今既に何も問題はなくなっているはずなんだよね。

新型コロナウィルスもはじまりだね。目の前の現象に「ジャッジしない」「闘わない」を意識していくと、「反対運動」にもフォーカスしなくなってくる。以前の私は「正しさ」を握りしめ「反対」することに意義があると思い込んでいたけれど、「反対」も「賛成」も「善」も「悪」も同じエネルギーなんだよね。「反対」だろうが「賛成」だろうがその対象にフォーカスすることによって、その対象にエネルギー、パワーを与えていることになる。つまり一生懸命「反対」することによって、その対象は力をつけて巨大化していくんだよね。だからもしその対象が自分にとって必要のないことだと感じたなら、その対象に対してエネルギーを流さないことが大切で。自分の貴重な創造力を不必要な対象に使わず、そっとそこから離れる、断ち切ることがポイント。自分にとって必要のないエネルギーを奪う食べ物や私の場合砂糖も同じことで。自然の一部であるカラダが病気という症状で私たちにサインをおくってきたら、もうその不必要なエネルギーからそっと離れる、もうカラダにインプットしない。何をインプットするのか、何から離れるのかは人それぞれ。今までの状態が心地よいと感じるなら離れる必要はないし、自然、宇宙は強制という概念はないからね。でも自然のしくみの中では自分が発信したもの、自分が与えたものはキッチリ自分に返ってくるよ。無意識だろうが意識的だろうが関係なくね。

どんなことが起ころうとも、「恐怖心」についていかず「ジャッジ」せず「観察する」というそんなスタンスが身についていくとこれからの時代生きやすいかもね。目の前の現象に一喜一憂せずただ今やるべきこと、やりたいことにフォーカスできる。そこが最大のメリット。自分にとって必要ないことにエネルギーを消耗せず、自分の見たい世界、体験したい世界にエネルギーを使うということ。「引き寄せの法則」「思考が現実化する」とよく聞くけれど、まさにその通り。今感じていること。今考えていることを自分で現象化して体験する。だから今、何を感じているかがとても重要で。今を穏やかにリラックスしてすごしていれば(俯瞰的視点で、たくさんのもの、こと、ひとに依存、執着せず〇〇があってもなくてもいいと思える状態で「ある」こと)ずっと穏やかなリラックスした状態を自分で創造していくということになる。今恐怖を感じ振り回されているならば自動的にそして永遠にそのサイクルの中で恐怖をつくり出し体験していくことになる。そう、誰のせいでもなく自分で見たい世界を今見ているんだよね。

カラダを観察していると、内臓やカラダのあらゆる組織などと同じように、宇宙、自然、世界は何一つ無駄がないと感じるよ。全てはあるがままで完璧。「大変だ!」「怖い!」と感じてしまうような酷い状況でも、全ては順調で調和に向かっているということを、毎日変化する自然の一部であるカラダがそれを教えてくれる。どんなに「恐怖」と感じる痛みを伴う病気でも自然の一部であるカラダが自然と一体となって完全に快復してしまうからね。でもエネルギーを奪う仕組みの中にいる限り目の前の現象は変わらない。

そんな体験、実感があると、「恐怖心」からちょっと離れて客観的に観察、眺められるようになってくる。自然の仕組みが完全な調和へ導いてくれる完璧なプロセスを何度も何度も、家族や私のカラダを通して実際に観察し体験してきたから、世界中でどんなに恐ろしいことが起こっているというニュースを見聞きしても、全ては調和へ向かっていると信じられるから淡々と今やるべきことに集中し待つことができる。

アドラーの心理学の全体論にもあるように、全体性に気づき調和へ向かっているということを既に知っているという感覚があると恐怖心は薄れていくし、エネルギーを奪わない自然の仕組みの中では、病気などというあらゆる問題もそもそも存在する必要がないことにも気づいてくる。あらゆるもの、ひと、ことを奪い合う戦争もエネルギーを奪い合う仕組みの中に存在する。今年開催予定の近代オリンピックもその奪い合う戦争と同じ仕組みの中に存在するものの一つ。自然のしくみにはそもそも問題や犠牲、搾取、強制、競争というものはない。カラダが自然のしくみ、本質をおしえてくれる。カラダの不調だけでなく、世の中で起こる問題というものは、自然の摂理に逆らってエネルギーを奪い闘っているというサインでもあるんだよね。善悪で判断してるのではなく自然の仕組みに逆らわずエネルギーを奪うことをしなければ何も問題は起こらない。オリンピックの今後の展開もどうなるのかジャッジせずただ観察して眺めるだけ。スポーツが良い悪いということを議論したいわけではなく、目に見えない隠されている物事の本質、根っこの部分、何を意図しているのか、そのあたりを感じ取ることが大切になってくるよという話。その本質を見ず無意識に与えられたものをそのまま受け入れていくことによりまた同じ体験を繰り返していくことになるからね。でもそれを体験したいのであればそれはそれで問題ないわけで。全ては自由。何を体験するかも良い悪いはなく人それぞれ。見たい世界を体験する。ただ、そのあなたが見たいと思っている世界が、本当にあなたの本質が見たいと思っている世界なのかどうかがポイント。意外と外側に影響され、自分が見たいと思い込んでいる可能性もあるからね。

ちなみに、2020年の年サイクルは、数字「4」のエネルギー「安定」。新型コロナウィルスなど今大変なことが起こっていても調和に向かっているということが数字のエネルギーでもわかるよね。今まさに安定、調和に向かっているというプロセスの真っ只中。2020年は始まったばかりなわけで、これからまだ辛いことももしかしたらあるかもしれない。自然、宇宙は容赦なし。期待せず全てはなりゆきにおまかせ。そして外側に介入せず内側を整える。

私も新型コロナウィルスに感染し死ぬ可能性もあるわけで。でもねその死に対する恐怖心もあまりないんです。肉体はいつかは土にかえるわけで。全体の一部であり全ては繋がっているという全体性を感じるようになってくると「死」に対してそんなに恐れなくなってくるというより、絶対に健康を維持し長生きしたいといった「生」に対する執着がなくなってくるんですよね。過去や未来にフォーカスしエネルギーを消耗せず、今、ここにフォーカスし味わい体験し尽くすようになってくる。

何が起こるかわからないこのご時世、病院、薬、サプリメントなど外側の何かに依存しない自立したカラダや意識は地味に強いよ。〇〇がないと生きていけないという状態ではなく、あってもなくても満たされている穏やかでリラックスした状態。今、ここで、電気がなくてもお金がなくても何もなくても何が起こっても最終的には調和へ向かっている、大丈夫だということを既に知っているという感覚。

全てはなりゆきにおまかせ。流れに乗る、波に乗る、まさにサーファーだね。サーフィンはやったことがないけれど、嵐が収まり波が来るまで今足元にあるやるべきことをやり準備をしながら待つ。「待つ」という態度とつながっている内臓は「肝臓」。「肝臓」のエネルギーを奪わず「肝臓」がそもそも持っている機能を保ちエネルギーがチャージされている状態であればイライラせず待つことも自然にできるよ。内臓も感情も行動も全て自然、宇宙と繋がっているからね。

今あなたはどんな世界を見て、何を感じていますか?そして今年2020年は、何を創造し何を体験しますか?


Category:health  Tag:デトックス / ヴィーガン / 健康 / 甘味料 / 砂糖 / 花粉症

春のデトックスは1年のカラダの総決算。花粉症もカラダにたまったゴミを出すチャンスだよ。

日本人の約4割が花粉症とか。私もその一人だったから本当に辛かった日々を思い出す。カラダの声を聞いて意識的に食べることを実践するだけで花粉症は消えるし花粉症対策もいらなくなるよ。お財布にもやさしいし、サプリメントや瞑想、運動や修行、ポジティブ思考、〇〇〇ワークとかそういったものも特にやっていない。それらが良いとか悪いとかそういうことを議論したいわけではなく、個人的にシンプルな生活、可能な限り日々やるべきことを最小限にしてやりたいこと、今やるべきことに集中したいタイプというか単純に面倒くさがりなんですよね。

面倒だと個人的に感じること、例えばある場所に行かないとできないとか、わざわざ何かを買わないとできないとか、年会費や実践するたびにお金がかかるとか、必ずグループに所属しなければならないとか、そういうものだとなかなか私の場合は続かない。日常の延長がいい。

というよりこのご時世、いつ、どこで、何が起こるかわからないじゃないですか。災害だけでなく想定外のことはふつうに起こり得る。そんな時、電気や水道、ガス、PCが必ずしも使えるとも限らず、外出できない、家財道具や家など全て一瞬にして失ってしまうわけで。

そんな時代だからこそ何かに依存するって危ういなと思うのです。〇〇がないと生きていけない、そういうものがあればあるほど失ったショックは大きく、失う恐怖も強くなる。でもあってもなくてもなくても大丈夫だと思えるそんな感覚がこれからの時代より大切かなと個人的には感じていて。何もなくてもまたゼロから立ち上がれる力というか。

そしてお金がかからなければかからないほどいいじゃないですか。不測の事態でお金を持っていても通常どおり使えるとは限らない。だから何もなくてもなんとかなると既に知っているそんな感覚があると強いなと。今、ここを信じる力は、日々カラダとの対話で培われ、私もカラダも宇宙、自然の一部であり全てと繋がっていることを感じるから恐怖よりも安心感が強くなる。全体性に気づくと外側で何が起ころうともブレなくなる。自然は太陽も空気も無償で私たちに毎日与えてくれているし、私たちの内側にある完璧で最高に優秀なドクターも無償だからありがたい。でもそこには信頼関係がないとカラダの声はなかなか聞き取れないけどね。

私の場合、動物性由来のもの、アルコール、カフェイン、砂糖のエネルギー(波動)をカラダにインプットしなくなったら春に大量のあごニキビや花粉症によってゴミを出す必要がなくなってきた。私のカラダはこれらのエネルギー(波動)をカラダに与えるとNO!というサインを出してくる。

今日ラジオからドキッとするエピソードが聞こえて一瞬かたまった…。花粉症や年中ある鼻炎、鼻詰まりを薬に頼らず治すために鼻の粘膜を焼くレーザー手術を昨年したそうで。それで完治したならよかったよかったという話なのですが、3年もつだろう(個人的にはたったの3年しかもたないの?と思ってしまいましたが…)と言われたレーザー手術をし、術後の死にそうな副作用(大量の鼻水と鼻詰まりだったそうで)を乗り越えたにも関わらず今年、つまり今もひどい花粉症に悩まされていると。あまりに辛いので別のお医者さんへ診てもらったら「鼻の肩穴がレーザー手術の後、腫れたまま固まってしまったらしく死んでしまってるからそこを切り取りましょうか?」と。

ご本人は笑いながら話をしていたけど、いや笑うしかないんだろうけど、リスナーの私はいろいろ想像してしまって自分ごとのようにそのラジオの方のカラダは大丈夫なんだろうか⁈と思ってしまった…。こういう現実もあるんだね。

花粉症や鼻水、鼻詰まり、全てカラダの症状はカラダの不調和のサイン。病院、手術、薬で何とかしようと戦っても恐怖に基づくエネルギーの循環の中で堂々めぐり。まさにそれをそのまま体験されていた。何かよい方法を一生懸命探しているようでしたが、ネット情報で「〇〇〇で治った。」とあってもあやしそうで信じられないようなことを言っていました。

たぶん「花粉症は消える。治る。」とこのブログにアップしてもなかなか世の中では信じがたいあやしいものなんだね。有名人やステータスのある人物、権威のある大学病院の先生など、そんな方から発信された情報や公的なエビデンスに基づいた情報、数値の方が自動的に安心だと感じ受け入れられるんだね。

「お金でも人でも情報でも何においても受け取る人が準備できていないと受け取ることはできない。」と聞いたことがあったけど全くその通りで。例えば誰かが困っている私に良かれと思い情報を提供してくれたとしても、その時の私がその情報の価値に気づいておらずその情報を必要としていない、ほしいと思っていない場合は全く響かないし受け取れない。

そして、情報を提供する側の意識も結構大切で。「誰かを助けたい」「誰かを癒してあげたい」そういう想いや意識、状態で発信すると「助けてほしい」「癒してほしい」という依存的な人が目の前にたくさん現れる。というよりそういう依存的な人々を現実に自分でつくり出しているということなんだよね。自分の中にあるもの、意識(エネルギー)が外側に現れる。病気も自分の中にある必要のないゴミ(エネルギー)が外側に現象化されているシンプルなカラダの表現。

実はカラダを観察していると、自然のしくみには「かわいそう」などという「情」は一切なく、自然の一部であるカラダは、私たちを「助ける」というより常に見守り「サポート」をしてくれているということがよくわかってくる。「情」がないということは今の私たちにとっては冷たいと感じるかもしれない。でも自然の仕組みはそういうものなんだよね。すぐに「答え」を与えるようなことは決してなくて、私たちが気づくまでずっと見守りながらサインをおくり続けてくれる。花粉症もそうだよ。自然は容赦しないからね。耐え難い症状を体験することもあるけれどそれも罰ではなくシンプルにカラダからの不調和のサイン。

そういえば花粉症になった年は、徹夜仕事があったり圧倒的に睡眠時間が不足していて食生活もめちゃくちゃでした。そんな時に取り組んでいた仕事が新しく発売される2種類のお酒。でもねネーミングがちょっと変だったんですよね。一つは「森羅万象」でこちらはありかもしれないけれど、もう一つが「すやすや」で、なぜこんなネーミングになったの⁈と思っていました。当時はこの2つのネーミング、ただ変な商品名だなぁと思っていただけだったけれど今はあらためてビックリする。私に必要なメッセージだったんだなと。寝不足の私に「寝なさい」自然の流れに逆らって必死に頑張る生活をしていた私に「流れに戦わず、自然、宇宙とつながりなさい」とサインをおくってくれていたんだよね。カラダのサインだけでなく至る所でこんなこともたくさん起こっているんだよね。リラックスして俯瞰的視点がないとなかなか気づけないことが多いけど。だから今、ここに意識を集中させるってすごくおもしろい。自分に必要なヒント、アイディア、メッセージ、そう宝物が身の回りのいろんなところに隠れてる。まさにリアルRPGだよね。個人的にはヴィーガンになって、アルコールや砂糖などの依存しやすいエネルギーをカラダにインプットしなくなるとそれに気づきやすくなってくる気がしている。

そして、そのサインになかなか気づかなかったとしても、自然、宇宙は、私を決して責めたりせず受け取れるその時までじっと待っていてくれるんだよね。耐え難い症状の真っ只中にいる時は痛くて辛くて一瞬冷たいように感じるかもしれないけれど、全体で完璧なプロセスでカラダを調和に導いてくれるから最終的には「愛」を感じられるんだよね。これは「愛情」じゃないよ。「愛情」は全く別物。

私も気をつけていないと結構無意識にやってしまっている行動が、子供や目の前の人の「自分で気づくチャンス」をよかれと思い混み奪ってしまうこと。実は、自分で気づくことがとても重要で。病気(カラダ)に対して戦わず、介入せず、観察しサポートすることと全く同じで、これが自然の仕組みでは基本なんですよね。だから家族だろうと子供だろうと友人だろうと介入せず、それぞれのオリジナルのプロセスを尊重し見守ることを意識するようになってきた。

だから「誰かを助けたい」というより「今、目の前の人に必要なサポートとは何なのか。」を意識して必要な人に必要なことが届けばいいなと個人的な体験をこのブログに綴っています。私も今まで、そして今も家族を含む周囲の人、自然や自然の一部であるカラダ、本、ブログなど、たくさんのサポートを受けている。大切なことを聞いても受け取れる準備が整ってないとなかなか腑に落ちるところまでいかないことが多い。でも誰かのサポートの前にまず「自分を整える」「自分を満たす」「自分を愛する」ことが先決だけどね。

全てはエネルギー、波動だね。「気づくタイミング」も「何に気づくか」も人それぞれで良い悪い、早い遅い、高い低いも関係ないし、最終的に自分を助けられるのは自分しかいない。花粉症に嘆いていたラジオの方は薬でなんとか少しはおさまっているようでした。その方にとって根本からカラダが解放されるピッタリの方法と出会えるといいな。

春は肝臓の季節。自然は完璧だからカラダとともにどんな意識でどんな過ごし方をしてきたのか1年の全てが現れる。誰も見てないと思っても自然、宇宙は騙せない。自然の法則では意識、無意識関係なく自分が自分に与えたもの、自分が発信したものがしっかり返ってくるからね。カラダのエネルギーを奪ったら奪われる。毎年そこがややドキドキするけど半分楽しみ。

今年は2月初旬、花粉が飛び始めたことがすぐわかった。朝の目覚めと同時に鼻の粘膜がパキッと乾燥していることを感じ、その1週間後少しの鼻水とくしゃみ、目の際の痒みを感じたから。でもそれ以降は何もないから今のところセーフみたい。自分がピンときたことを実践しカラダや日々の生活が軽やかにラクに楽しくなっているならそのやり方は自分に合っている証拠。本来の自分に気づき本来の自分を取り戻してくると問題が問題でなくなる、問題が存在できなくなるからね。そこで見極められるよ。

人によっては毎日消化や恐怖などの感情にエネルギーを消耗しすぎてデトックスに使えるエネルギーが残っておらずゴミがあっても出せないこともある。花粉症は辛いけれどゴミを外へ出せるという意味ではラッキーなことなんだよね。本当に大量の鼻水に激しい皮膚の乾燥、痒みと辛すぎる症状だけど、とことん出してそのあと必要ないエネルギーをもうインプットせず断ち切る、そっと離れることが大切。私の場合、カラダに合わない甜菜糖(エネルギー)からなかなか離れられなかったけどね。甘味料の体験もあくまでも私のケースであって甜菜糖を食べても何も問題ない人もたくさんいるからこのブログも1サンプル。みんなに合うとは限らないから、それぞれが感じることを第一に。

あなたのカラダ、元気ですか?カラダの声、聞いていますか?


Category:health  Tag:あごニキビ / アルコール / カフェイン / デトックス / ヴィーガン / 健康 / 怒り / 感情 / 排毒 / 甘味料 / 肝臓

カラダと感情のうれしいデトックス。春に大量発生していた「あごニキビ」、ヴィーガンになったら治ったよ。

治ったというよりは、「あごニキビ」になる必要がなくなったと言った方がいいかもね。カラダに必要のないエネルギー(食べ物だったり添加物だったり化学物質だったり感情だったり)を与えなければ何もカラダに問題は起こらない。

カラダや内臓は季節とともに変化する自然の一部。腎臓の季節である寒い冬が終わるともうすぐ春、そう肝臓の季節がやってくる。

春といえば毎年ドバッと大量のあごニキビ。気分は最悪。あのころの私は「どうやって治したらいいんだろう?」「どうやって毎日隠したらいいんだろう…」と、もう悩むどころか顔を見るのも自分の肌を触ることもすごく嫌だった。同僚からも「すごいことになってるけど大丈夫?」と声をかけられるほど酷かったんです。

私の場合、動物性由来の食べ物を一切食べず、合わない甘味料、アルコール、カフェインをやめたら翌年の春からあごニキビの悩みは完全に消えたよ。そして、そんな食生活を十数年以上実践しているけれど、あごニキビだけでなく、ニキビや吹き出物も全く出ない。あんなに悩んで苦しんでいたこともすっかり忘れていました。

私が日々実践していることはいつもシンプル。頭(エゴ)の声でなくカラダ(直観)の声を聞いて食べること。それが私の場合はカフェイン、アルコール、合わない甘味料なしのヴィーガンという食スタイルだったというだけ。飲み薬や、塗り薬、サプリメント、ニキビ肌用のスキンケアなどそいうものは全く使っていないから経済的にもラク。ここポイント。

隠したくなるような大量のニキビや吹き出物という外側の現象は、自分に無意識に与えてしまった必要のないゴミ(食べ物や添加物、化学由来のもの、感情などのエネルギー)が外へ出てきただけなんだよね。自分の内側にそんなゴミがなければそんな現象は起こらない。

だからいくら外側の現象に対して何とか対処しようと頑張っても、あなたが無意識に自分に与えてしまったものがあなたの中にあるわけだから、それが外へ解放されるまでグルグルと堂々巡りの繰り返しという苦しみのパターンにはまってしまう。これ薬や病院に依存するパターンと一緒。本質、根っこにアプローチしないからね。でも全ては完璧だから良いとか悪いとかそういう議論は必要なくただある、ただ体験し気づくだけ。その無意識の堂々巡りのパターンを体験し続けるのかそこを超えていくのかそれも人それぞれで。選択は自由。

私もその堂々巡りのエネルギーのサイクルの中にいる時は全く気づかなかったけれど、自然の仕組みに逆らって、ずいぶんと長い間、無意識に自分にとって心地よくないもの、カラダが必要としていないエネルギーをカラダに与え続けていたなぁと今では思う。カラダはシンプルに自然のしくみ、自然の大きな流れのなかでカラダを維持していくために、ただただその必要のないエネルギーを外へ出そうと一生懸命に働いていた。

この瞬間も、自然、季節とともに私たちのカラダ、内臓も全体とともに休みなく働いている。

春に大量発生したあのあごニキビも、自然の仕組み、内臓と季節のつながりを感じられるようになってくると目に見えないところで、いろいろなたくさんのこととつながっていることに気づいてくる。

もうすぐやってくる肝臓の季節、春。自然、カラダと戦わない生活を意識し実践していると、自然の仕組みにそって、春は肝臓のエネルギーが活性化されるから肝臓のデトックスがはじまる。デトックスも内臓にエネルギーがしっかりチャージされ本来の機能を発揮できる状態であることが前提で、もし無意識に日々エネルギーを奪う食生活を続けていると消化にエネルギーを消耗してしまい、デトックスに使えるエネルギー不足でデトックスできないという可能性もあるからね。

肝臓は独立しているわけではなく全ての内臓、カラダの組織などとつながっているから、肝臓と密接に関係している臓器や組織などにたまった毒、ゴミを排出しようとする。症状は人それぞれで。花粉症なのかもしれないし、右肩の痛みかもしれないしあごニキビかもしれない。

外側の現象が、自分にとって受け入れられないほどとてもつらい症状だったとしても決して悪いものではなく、排除するものでもない。「そんなデトックスはごめんだ。」と言っても自然の仕組みは完璧で、排毒が必要な人には必ずやってくる。その排毒の症状も期間も人それぞれで。自然には痛いとか痛くないとか、辛いとか辛くないとか、そんな概念は全くないから想像を絶する痛みや症状が容赦なくやってくることもある。でも、何回も言うけれど、内臓が本来の機能を発揮できる調和している状態で、デトックスするためのエネルギー、パワーがカラダにチャージされていないとそれはできないからね。

人間関係で嫌なことがあった時と同じで。人間関係も病気も全て自分の内側にあるものがそれを引き寄せるというかそれを見せてくれる。恐怖を煽っているわけではないけれどちょっと覚悟が必要かもね。

でもね、自然の流れと戦わなければ必ず調和は訪れる。それも不調であったと思われる1つの臓器だけでなく自然、宇宙全体と一体となってカラダ全体で調和へ導いてくれるから、何一つ犠牲になることがなくオセロのように目の前の全ての現象が変わっていくよ。それくらい強力でぶれないカラダと意識になっていくから、日々ものすごい味方、ガイドになってくれる。そして高額な医療費もかからないからそこが個人的にお気に入り。

そんなプロセスを体験すると宇宙の仕組み、自然の仕組み、カラダのすごさに驚くしとっても感動する。

私にとってあごニキビ、いや、あごニキビだけでなく、既に消えてしまった辛いカラダの症状たちは、もっとカラダの内側の見えない深い部分に大きな不調和があるよというサインでもあったんですよね。ヴィーガンという食スタイルになって私のカラダに起こったあらゆる不調は全て消えてしまったけれど、1つだけまだ大きな不調和の印が存在する。それがね、春、アクティブになる肝臓とつながっている臓器にあるものだから、あの時の大量発生したあごニキビは、もう体内のゴミを処理できないというカラダの叫びだったと今になって腑に落ちる。あの頃、春に発生する私のあごニキビは年々ひどくなっていく一方だったから。

そしてもっとおもしろいことに、カラダからの排毒は、必要のない食べ物や添加物などのエネルギーだけでなく、カラダに記憶された感情というエネルギーも外へ出してくるよ。

食べ物も生きている肉体も感情も全てエネルギー。肉体の排毒とともに感情というエネルギーが出てきたらあなたはラッキー!無意識にカラダに溜まった感情、記憶されたエネルギーを解放していくことによって隠れていた本来の自分に気づきやすくなってくる。

自然、季節とつながっているそれぞれの内臓はさまざまな感情ともつながっている。肝臓は怒りの感情と密接に関係していて、怒りという感情を取り扱う時に肝臓のエネルギーを使っている。だから肝臓がエネルギー不足になって不調和を起こしていると、うまく怒りという感情を取扱えず爆発してカラダにダメージを与えたり、外側へぶつけて人間関係を破壊したりと生活にも影響がでてくるんですよね。イライラしやすい人は肝臓のエネルギーが低下し、不調和を起こしているかもね。こういったことは健康診断とかそいういう数値には現れないからね。エネルギーを奪わない自分に合うエネルギーチャージが必要。

エネルギーチャージも、なんでもかんでもやればいいわけじゃない。カラダの声に耳を傾ける、自然の流れにそって、これが鉄則。慣れている人は直観で。

ちなみに肝臓は動物由来のものをカラダに与えると不調和を起こすけれど(健康診断の数値にあらわれるものではないよ。私も体験済みですが、健康診断で肝機能のA判定でも肝臓の不調和をカラダはちゃんとサインを出してくるよ。)トマトや唐辛子などナス科のお野菜のエネルギーもね、健康に良いとか悪いとかそういうことではなく、肝臓のエネルギーを奪い肝細胞をかためてしまうというそんな側面もあるからね。カラダって奥が深い。

だから、カロリーとか栄養というより、これからはまず内臓の本来の機能、エネルギーを奪う不調和を起こすような食べ物をカラダに与えないことが大切。目に見えない部分、感じることって結構意識しないからね。目に見えるもの、数値ばかりを追っていると本質を見失う。本当にカラダって内臓や組織、感情、環境、宇宙と全てにつながっているからおもしろいよ。自分が与えたもの、投げかけたものが自分に返ってくる。

そして、カラダのデトックス後に感情のデトックスがはじまったら、感情にはついていかないよう、そのエネルギーに同化しないよう注意が必要。

でもね、穀物菜食で依存しやすいカフェインやアルコール、甘味料や中毒性のあるナス科のお野菜なしを実践していると、依存や中毒、感情の起伏の激しい状態(エネルギー、周波数)をカラダに入れなくなるから、意識だけでなくカラダごと全体でそういったエネルギー、周波数から離れいていく。そうすると、頑張らなくても自然に自分の奥底、内側に存在するさまざまな必要のない感情(エネルギー、その周波数)から離れて冷静に向き合うことができるから、デトックスされる感情に巻き込まれずに手放せる。これ、自分にとってすごいメリットなんだよね。

そんな感じでパラパラと散らばって存在していた10代からの不調だったり生理中や普段の生活の中で爆発しそうな激しい感情だったり浮き沈みだったり、今になって全てがつながってくるからおもしろい。私のカラダに起こった全ての辛い症状は、もう必要のないエネルギーをカラダに入れないでくれ〜早く私に気づいて欲しいという内臓さんたちの声だった。私にはその当時は全くカラダの声を聞き取る力がなかったんだなぁ。

でもね、そんな大きな不調和をカラダの内側に抱えていても、今、私は元気に生きている。現代社会でいうところの病気というものがカラダに存在していてもその病気をなんとかしようとカラダ、自然と戦わず、カラダの声に耳を傾けながらの本来の自分のカラダのプログラムにそった食生活を実践することによって、世の中で言う「病気」という問題が全く問題でなくなってくるからね。

そして、これからその大きな不調和のサインがこれからどんな変化を遂げるのか、それとも変化せずそのままなのか、そのプロセスを観察することがちょっとした楽しみでもあるんです。地味ですが日々淡々と実践するそれだけですが…。

話を戻して、いつのまにかクレンジングや化粧水、オイル、ファンデーションを全く使わなくなってしまいました。使わなくなればなるほど乾燥の激しい真冬でもお肌はなんとツルツル。この真冬に肌の乾燥が全く気にならないなんて自分でもビックリする。私は乾燥肌だと思い込んでいただけなんだね。メイクに関しても、ファンデーションを塗らない方がシミやシワが目立たず気にならない。ちょっと化粧水を使い始めるとお肌が潤うどころか逆に乾燥し始める。それなしではいられない状態、つまりカラダは与え続けるとそれに依存していくんだね。中毒性のあるトマトや甘味料やアルコール、カフェインにもエネルギーレベルでそんな側面があるからとっても似てる。

少しずつだけど、カラダの声にそって食べることによって、カラダの変化とともにお金に依存しなくても心地よいカラダ、ライフスタイルを実現しやすくなってくるよ。

そういえば、今年初めの10日間ほどのリキッドファスティングで私の腸がガラッと変わった。たぶん。今のお肌の状態はそういうことも関係しているんだろうな。ヴィーガンという食スタイルを実践してからず〜っとカラダと向き合ってきたけれど、めちゃくちゃ硬かった腸がね、この10日間ほどの断食後にふんわり柔らかくなって驚いた。何だかいい感じなんです。

腸と皮膚、お肌もめちゃくちゃつながっているからね。だから私が自然とスキンケアをしなくなったのも全ては自然の一部である体の変化、なりゆきなわけで、頭で計画したものではないんです。どういう順番でどのように調和に向かうのかそれは自然の一部であるカラダが全て知っている。

私が常に意識していることは、自分の感覚、自然を信頼して、自然、カラダの邪魔をしないこと、自然の声に耳を傾けて自然のなりゆきにおまかせすること。お金がかからないから本当におすすめ。本来自然の中にある太陽も空気もぜーんぶフリーだからね。

ますますマスコミや企業、医療が発信する外側の情報が、自分にとって心地よいと感じるライフスタイルと全く噛み合わなくなってくるよ。

お金というエネルギーもカラダというエネルギーも消耗しない、自分にとって心地よいライフスタイルは今ここに存在する。そして全ての答えはあなたの中にあるよ。どんなライフスタイルをあなたは創造し体験したい?


Category:health  Tag:フルーツ / 健康 / 野菜 / 飲み物

果物、野菜中心の食生活になってくると、飲み物をあまり飲まなくなってきたよ。

ペットボトルのお水は全く買わなくなったけど、お水、お茶、ハーブティ、穀物コーヒー、ストレートジュースなど、そういった飲み物も飲まなくなってきた。オーガニックのストレートジュースでも、やっぱり飲んだ後、喉が乾くんですよね。

ある時ハッと気づいたのは、ある時期から穀物コーヒーやハーブティー、三年番茶のストックがなかなか減らなくなってしまい、今では買わなくなってしまったこと。生の果物や野菜中心の食事、サラダと一緒にパンを食べても何もつけなかったり、そしてクッキーやパンケーキ、クリームたっぷりのケーキやマフィンなどのスイーツを常食しなくなったら、甘いものや食後のお供、穀物コーヒーやハーブティ、三年番茶を飲まなくなってしまった。

全く食べていないわけではないですが、焼き菓子や、パン、玄米ご飯、パスタ、ラーメン、揚げ物など常食せず、生の野菜や果物がメインになってくると喉がそんなに乾くことがない。生の野菜や果物、またはそれらを使ってつくったスムージーやコールドプレスジュースをカラダに入れた後も、やっぱりお水もお茶もほしいと思わない。

たまに、「あ、これ絶対美味しそう!」と出会ってしまったメープルシロップやココナッツシュガーなどの甘味料を使用した焼き菓子などスイーツを食べるとその違いがよくわかる。しょっぱいもや大好物の唐揚げ揚げ物も同じで、喉が乾いて何か飲み物がほしくなるのは、たいてい焼き菓子や塩、味噌、醤油、油などで少し濃いめに調理された食事の後。

そんな違いを感じるようになってくると、あらためて果物と野菜の存在、生命力のすばらしさとおいしさに感動してしまう。果物と野菜だけでカラダは十分満たされるんだなぁと。

今年初の、むげんだいさんで買った宮崎県産のスイカと IMG_1594 ガイアさんで買った青森のさくらんぼ。 IMG_1541 さっぱりした甘さで美味しかった。スイカは、自分で買って食べるほど好きではなかったのに、最近の私は、みずみずしいスイカについついひかれてしまう。

飲み物を飲まないからと言って、肌が乾燥したり、髪の毛がパサついたり、脱水症状、熱中症とカラダの違和感があるかといえば全くない。そんなことよりも、あまり飲まないスタイルになり、買おうとしていたものが今あるもので事足りるとういことに気づいてしまったりする。

例えば、昨年、ステンレスケトルを手放し、「マスタークック けんこう土瓶(小/700ml)黒」を購入後、



三年番茶を煮出す時に大きいサイズを買った方がよかったなぁとずっと失敗したと後悔していたんです。でも今年に入って、どんどん三年番茶や穀物コーヒーを飲まなくなってしまったからお湯を沸かすこと自体しなくなってしまった。今の私にはこの小さいサイズで十分だったし、もしかしたらなくてもよかったかなと。

ここのところ、こんなことが頻繁に起こる。その時よく考えて買ったつもりでも、ちょっと失敗したなという買い物や行動があったりしても、あらあら、いつの間にか自分の食スタイルやライフスタイルがどんどん変化して、失敗したと思っていたことが実は今の自分にはピッタリだったという具合。

無意識に未来の自分を知って行動しているような感じ。だから最近の私はちょっと違うなとその時感じたとしても、すぐに捨てたりしないようになってきた。断捨離も時には必要かもしれないけれど、実は自分が気づいていないだけで、しっかりと無意識に未来を見据えて行動している節がある。今ここに全てが用意されているという感覚。そして、今ここにあるもので十分足りていると感じるから、私の暮らしは少しずつ小さくなっている。

あとね、もともと食事中に飲み物は飲まないタイプでしたが、飲み物やスープ、味噌汁などを食事中、食後に食べない方が消化がラク。食後の穀物コーヒー、食事中の飲み物やスープは、私の場合消化不良を起こしてしまう。

まだ読み終えていないけれど、今の私のカラダと飲み物の関係性やどんどん変化していくカラダについて、この3冊を読みすすめると全く特別な現象でないことがよくわかる。またこの本についてはブログにアップしますが、ピンときたらぜひ。


Category:health  Tag:アルコール / カフェイン / デリケートゾーン / ヴィーガン / 健康 / 甘味料

カフェイン、アルコール、合わない甘味料なしのヴィーガンになったらデリケートゾーンのトラブルは消えたよ。

ジメジメした梅雨時期やこれからくる暑い夏、女性のデリケートゾーンの不快な症状はかなり憂鬱。すっかり忘れていましたが、私も10代後半からずっと、デリケートゾーンのかゆみや激しい痛み、ただれ、かぶれが毎月生理前後だったり、生理中にありとても辛かったことを思い出しました。これも私に起こった原因不明の辛いカラダの症状の一つ。長い時は1ヶ月ほど辛い症状が続くこともありました。

当時の私は何も知らなかったから、病院へ行っても治らないモヤモヤした毎日を過ごし、気力や時間、お金を消耗していたなと今では思う。これも1つの体験だけど、本当にそこに費やしたお金や気力、エネルギーがもったいなかったなぁ。

でもね、アルコール、カフェイン、合わない甘味料なしのヴィーガンという食スタイルを実践していたら、2ヶ月に1回、3ヶ月に1回、4ヶ月に1回、半年に1回、1年に1回といつの間にか辛い症状がいつの間にか消えてしまった。だからすっかりそんな症状があったことさえ忘れてしまっていました。

私の場合、ヴィーガンといっても、ついこの間までは脂っこい揚げ物、ジャンクフードやインスタントラーメンを食べたり植物性の油や小麦粉、メープルシロップたっぷりの焼き菓子やスイーツをたくさん食べていました。それでもデリケートゾーンのいや〜な症状は全くなくなりましたよ。

あ、そうそう、おりものもなくなった。今思うと10代のころの方がおりものがめちゃくちゃ多かった。おりものも痰などと同じように、必要ないものを粘液として外へ排出しようとしているだけだからね。

カラダの声を聞いて食べることを実践するだけで、つまりは自分にとって必要ないものを自然の一部であるカラダに入れないというそれだけで「○ェミニーナ軟膏」は必要なくなるよ。カラダの声を聞くって本当にシンプルです。


Category:health  Tag:ヴィーガン / 甘味料 / 花粉症

甘味料と私と花粉症

これからは目に見えないエネルギーを感じることが大切になってくる。 食べ物も、生きているこのカラダも物質ではなくエネルギー。原発事故が起こったあたりから、目には見えないけれど存在する「エネルギー」を意識するそんな時代になってきた。

エネルギーを感じることができるカラダ、エネルギーの流れ、プロセスを感じられるカラダに少しずつ変化している。甘味料と私の関係性もヴィーガンになってからさらに変化し、花粉症も自然に消えている。でも、もし今年1年カラダの声を無視し、過去の古い食べ方に戻れば来年また花粉症の症状が出てくるだろうな。

今年の花粉飛散量は昨年に比較してずいぶん多いようですが、今のところ反応なし。カラダのさまざまな症状に対して、薬とかサプリメントとか、セラピーとかワークとか、ポジティブ思考とか外側の何かに依存せず、私が続けていることは、いつでも、どこでも、誰でも、実践しようと決心すればいつからでもできること。毎日地味にカラダを観察しカラダの声に耳を傾け、実践するただそれだけ。もともと持っていたこのエネルギーを感じる力を取り戻すともう怖いものはないんではないかと思えるほど。カラダが今何をするべきかガイドしてくれる。ただし、知っているけれど実践していない状態というのは、自然の仕組みに適っていない。つまりは調和とは程遠いものになってしまう。

カラダを観察していると、自然の仕組みはとてもシンプル。だから世の中の頭が良い?とされる人たちがつくっているたくさんの複雑な仕組みに、違和感をバリバリ感じるようになってくる。何か不自然さを感じるというか。頭で考えることを疑いなく良しとしてきたけれど、頭(マインド)ほど本来の自分から遠ざけてしまうものはない。頭(マインド)は、誰かと比較したり、常識はこうだとか、過去はこうだとかいろんなことを言ってくるから、いろんな感情に振り回され、今やることに集中できない。そんなマインドの声をスルーして本来やることをやる。これが結構大切で難しい。でも、頭で理解するのではなく、カラダで感じながらトライ&エラーの繰り返しで、自然に身についてくればもうこっちのもの。

自然界の調和、自然の仕組みに適ったプロセスは、「開発」とか、「有名」、「特別」、「〇〇賞」とか「高級」などそんな言葉が似合わない。だから、そんな言葉に出会うと違和感を感じるし、例えば、個人的にステキだなぁ素晴らしいなぁと感じる方は、自らたんたんと気づき実践されているから、意外と無名でさりげなく存在する方だったりする。そんな方を観察していると、見た目や名声とその人の本質は全く関係ないなぁと。

アルコール、カフェイン、砂糖なしのヴィーガンという食スタイルになり、カラダのネットワークが少しずつ戻ってくると、カラダが必要ないものを少しずつ出せるようになってきた。ヴィーガンになっても、揚げ物とご飯、メープルシロップと植物性油と薄力粉たっぷりの焼き菓子など、なんでもかんでもカラダの声を無視して、たくさんカラダにいれてきた。そんな私を責めることなく、カラダは私が気付くまで忍耐強く、痛みなどのさまざまなサインを送りながら見守ってくれる。

先日の外食で、ヴィーガンプレートについていたミニスイーツを残したらもったいない、美味しそうと、お店の方に甘味料を尋ねず食べてしまった。食べた直後は喉のかゆみもなくホッ。問題なかったと安心したのもつかの間で、お店を出てから頭、脳にモヤがかかったような感じになってきておかしくなってきた。後で確認したら洗双糖を使っていたスイーツだったようで。

カラダの中で何が起こったかというと、以前ウーロン茶や白砂糖を食べた時と似ていて、脳、前頭葉のあたりがボヤーっとしてきて考えることができなくなり、なんだろう、どうしたんだろうと思っていたら、そのうちに、こめかみあたりから頭の上全体に重い痛みがジワジワ強くなってきて。そうこうしていたら目を開けていられないぐらい目の当たりに重痛さがやってきた。結局目を開けていられずそのまま車内で寝てしまいました。目が覚めてもまだ頭痛はそのまま。でもその後、花粉症と同じように鼻水がたくさん出てきました。夜寝る前にようやく鼻水もおさまり、頭痛は消えスッキリ。こんなにもしっかりと、カラダに入れた甘味料のエネルギーの動き、プロセスを一気に感じられたのは初めて。翌朝は花粉症のような症状や頭痛などもなく何も問題なし。頭痛と鼻水の症状は、花粉に反応しているというより、カラダに入れる必要のない甘味料を外へ出すためのプロセスだったんだなと。

昨年から少しずつ読んでいるナチュラルハイジーンの本が数冊あるのですが、私の今のカラダの状態とピッタリの内容が書いてあるからなるほどねと。本で答え合わせをするようなそんな感じ。究極は、甘味料も油も塩も本来摂取しない方がいいと書いてありました。ナチュラルハイジーンは全く知らなかったけれど、カラダの声に従って食べることを選択していたら、そんな食生活に自然となってきた。いきなり動物性由来の食材、油、甘味料、調味料なしを実践することは、私も無理だったと思うしやっぱり少しずつカラダの声を聞きながら自分のペースが大切だね。オーガニックだろうと天然由来だろうと、あらゆる甘味料はとらない方が良いという声は、日本のお医者様からアメリカの研究者からと聞こえてくる。そもそも私のカラダが、NO!と言ってくるから私は甘いものを食べたい時は、生のフルーツを単独で食べるか、デーツなどの甘みのロースイーツかスムージーを食べるようになってきた。

口から入れた食べ物、エネルギーがどこを通って、カラダにどのように影響して、どこからでてくるのかわかるようになるほど、カラダのレスポンスが最近早くなってきた気がする。以前は、数日前に食べた甘味料がある日まとめてどかっと頭痛や咳、鼻水の症状で現れたり、甘味料をカラダに入れた翌朝に頭痛や花粉症のような症状がでたりといろいろだったので、カラダに入ってから出てくるまでの一通りのプロセスまでは感じられなかった。出すチカラが少し強くなったのかな。

何が良くて何が悪くてという判断や議論ではなく、目の前の物がどんな存在(エネルギー)であるのかを自分で感じること、そしてその存在がカラダや地球、宇宙にどんな影響を与えるのか、そんなことに意識がどんどんむかっていく。

宇宙、自然は常に変化していて、私たちもその一員。

何を選択するのは人それぞれ。みんながそれぞれの道にかえり、本来の自分を体験するそんな世界を私は体験したいな。


Category:health  Tag:フルーツ / ヴィーガン / 乾燥 / 健康 / 野菜 / 静電気

寒さと乾燥と静電気

この冬、いろいろ変化はあるけれど、ちょっと今までの感覚と違うところがあって。

「寒い!」と思うんだけれど、何だか気持ちいいという感覚。真冬に冷気が心地よく感じるなんて何だかんだ不思議。外側の冷気とカラダが一体になった感じというか、循環しているというか。コートで外気をシャットダウンしてしまうと寒さを余計に感じるような気もしていて。だから真冬でもコートの前を閉めずに開けっ放しで歩いていた。ちょっと冷気が袖を通って体全体を通過すると気持ちよく感じて、寒さが寒さと感じなくなってくる感覚に。朝、お布団の中から出たくない気もするけれど、外の冷たい空気に触れたい気もしてしまう。

そして、「あ!」と思ったことは、バチバチの静電気に毎冬怯えていた私が、今年の冬はなぜか静電気が起こらない。ずっと雨が降らずとても乾燥していた時期があったにも関わらず。手を洗う時、水に触れようとすると静電気がいつもバチっとくるから冬は手洗いがかなり恐かった。でもそれがこの冬全くないからビックリ。カラダが乾燥しすぎず水分の調整がうまくいっているのか、電気を溜め込まず外に放出できているのか、私にはよくわからないけれど、うれしい変化。やっぱり生のフルーツだったり野菜を食べるようになって、カラダの内部、内臓のコンディションが整ってきたのかなぁと。

そうそう、季節の変わり目に肌や髪の毛の乾燥が気になるけれど、今年はそれがない。ジョンマスターオーガニックのシャンプーを使っていた時は、どんどん手肌、髪の毛が超乾燥してパサパサに荒れまくって大変なことになってしまいましたがそれもない。今、髪の毛は、試しに買ってみた石鹸シャンプーをごく少量をたまに使い、それ意外は湯シャン。

カラダはいろいろ変化していて、外側が超乾燥していてもカラダが調和していると静電気もそんなに起こらないような気がしてきた。今日も引き続き観察中。


Category:health  Tag:インフルエンザ / ヴィーガン / 健康 / 自然 / 花粉症 / 風邪

花粉症、インフルエンザ、風邪と関係ない世界で生きていく!?

棲み分け、二極化、そんな言葉をよく耳にする今日このごろ。花粉症や風邪、インフルエンザとご縁がないそんな生活になってきた。

先月末に、花粉が飛びはじめたという声が聞こえてきたけれど、私はその日全く反応なし。今年、花粉に反応する必要がなくなってきたというか、花粉というエネルギーに共振する必要がなくなってきたというか問題がないみたい。

内臓が元気、つまりはエネルギーが充電されていて、調和しはじめると、世のかなで騒がれている問題が問題と感じなくなってくる。

そして、どんどん調和の中でカラダの内側でネットワークが広がっていくと、受信、発信によって自然界ともうまくつながっていく感じがする。空気も太陽も全てが味方になってくれるようなそんな感覚。

ドラゴンボールの悟空のセリフで「大地よ 海よ そして生きているすべての みんな……… このオラに ほんのちょっとずつだけ 元気をわけてくれ…!!! 」を思い出す。これ、特別なものでもなく、本来みんなに備わっているチカラなんだろうな。

自然の一部であるカラダという存在を淡々と観察していると、カラダに合わない、つまり必要のない食べものを体内に入れると、いろいろなところに影響、不調和、不具合が出るんだなぁということが、少しずつ感じられるようになってきた。その影響は人それぞれで。だから花粉症という症状も何とかする必要はなく、カラダに不必要な合わないエネルギーを与えなければ、花粉に反応する必要がなくなるから自然に消えるわけで。これは、私の体験なので、みんなの真実と必ずしも一致しないかもしれませんが…。

花粉症は、花粉が悪いわけではなく、肝臓の季節である春に、花粉の力を借りて、一年でたまりにたまった必要ないエネルギーを、粘液だったり、咳やかゆみ、粘膜や皮膚の乾燥で、一気に外へ出している。だから、なんとかしようと戦う必要もない。確かに痒いし、その症状はとても嫌なものだけれど、必要のないエネルギーをカラダが出してくれているという自然現象(クレンジング)ということは、ある意味ありがたいこと。私も激しい花粉症で辛かった時期は、花粉症がありがたい存在だなんて思えませんでした…。突然涙が大量に出て、肌や粘膜の乾燥、かゆみ、咳に止まらない鼻水にずいぶん大変だったことを思い出します。その時は、仕事に集中できないし、どうしてよいかわからなかったな。

周囲を観察していると、かゆみのある花粉症とかゆみのない、咳と鼻水と喉の乾燥で辛そうな人の2つのパターンがあって。花粉症は花粉が飛んでいる時期に始まりその間ずっと辛い。でももう一つのかゆみのない花粉症のような症状は、私もヴィーガンに前にずっと経験したことですが、1年に1回必ず、寝ても止まらない咳と喉の激しい乾燥というような症状が、1〜2ヶ月ぐらい続きました。その年によって発症する月は、4月だったり、5月だったり、12月や1月の時もあっりバラバラ。ウィルスや花粉に反応するというより、ただ必要のないエネルギーを外へだしているだけなんだろうなと今では思う。今は年間を通してその症状は全くない。

絶対にインフルエンザに感染しない!とか、絶対風邪をひかない!とかそういうことを宣言しているわけではなく、自分の中にある必要ないエネルギー(ゴミ)が外側と共振して、さまざまな現象、症状を引き寄せる。だから自分の中に、引き寄せる、共振する不必要なエネルギーが何もなければ外側に何も起こらない。とってもシンプル。ただそれだけ。だから、私もカラダの中にエネルギー(ゴミ)が存在すれば、自然と外へ出そうと、熱や咳などカラダが必要ならばそのような症状があらわれるということ。自分の中に存在するエネルギーは、口から入る食べ物だけでなく恐怖心とか感情とかもあるからね。

何を食べるのか、何を食べないのか、どれくらいの量で、どのタイミングなのかは人それぞれ。自分でカラダに聞くしか方法はない。でも、自分の頭でなく、過去の何かでもなく、今、カラダの声に従えば、病気、さまざまなカラダの症状に振り回されず、お金もカラダも時間も消耗せずに、今体験したいことに集中できる。

今年もインフルエンザに感染せず、風邪もひいていない。風邪をひくのではなく、風邪を引く必要がなかったんだろうな。私の内側にゴミがなかったというか。風邪によって、カラダ、内臓は膨大なエネルギーを使って必要のないエネルギーを外へ出す。風邪や病気でエネルギーを消耗しないかわりに他のことにエネルギーを使えると、やりたいことに集中できパフォーマンスが上がるからいいことだらけ。今年一年の意識の状態、過ごし方で来年はどんな世界ですごせるのか、それがちょっと楽しみ。もちろん、期待も目標も何にもなし。ただカラダの声を聞いて成り行きにおまかせ。

今年、花粉に反応していないのは、昨年のカラダの変化もかなり関係していそう。

動物性食材、アルコール、カフェイン、ナス科の野菜、砂糖をとらずに十数年すごしてきましたが、さらに私の昨年の食生活の変化。生野菜、果物がメインになり、玄米、パスタの割合が激減。そして、小麦粉のパンや焼き菓子や加工品をほとんどとらなくなってしまった。加熱した油やあらゆる甘味料もほぼとらず、果物を単独で食べ、すぐカラダがむくんでしまうので、豆と生野菜、穀類と生野菜食べ合わせをしなくなった。それぞれの食べ物に合わせた内臓の消化プロセスがあり、内臓、特に腸の具合をよ〜く観察するとむくみとの関係もよくわかり、なるほどねぇという感じ。そして塩や酢といった調味料を使う量も減り少食に。

全ての準備が整ったカラダは、ものすごいパワーを出して変化する。デトックスの最後もすごい。昨日までの激しい痛みや、ずっと続いていた辛い症状が一瞬に終わる。内臓、カラダの組織、ネットワークが完璧につながり、本来の機能をとりもどした時の自然のパワーがすごすぎる。そんな現象に出くわすとワクワクしてしまう。そしてまた観察したくなる。

私の場合、アルコール、カフェイン、動物性由来の食材だけでなく、甘味料は腸の環境、調和を崩すみたい。腸本来の機能、腸のエネルギーを奪うことをしなければ問題は何も起こらないから。こういう生きるための知恵って学校で習うことより大切なことだなと今さら思う。学校って本当に行く必要があるの?!とも思ったりするし。

オーガニックであろうがなかろうと、メープルシロップやココナッツシュガー、小麦粉、オイルたっぷりのヴィーガン仕様の焼き菓子をふつうに食べていた時は、ちょっと粘膜や皮膚のかゆみや乾燥、鼻水があった。10数年以上、毎日カラダを観察しているからその違いは歴然で。

ちなみに昨年の年始、有機ココナッツシュガーのヴィーガンローチョコレートを食べた直後の私は、突然の喉の乾燥に咳、鼻水の祭りが始まりました。今の私の場合、あらゆる甘味料を自分のカラダに入れると、花粉が飛ぶ時期に関係なく、食べた直後の喉のかゆみや腫れ、もしくは翌朝に花粉症のような風邪をひいたような症状が出る。

その人に必要なカラダに合う食べ物は、人それぞれ。自分のカラダの声を聞くしか方法はない。誰も教えてくれないというよりは誰も教えることはできないんですよね。これからは、教える、教えられるとか先生、生徒のような関係性もなくなりフラットになっていく。 一度カラダの声を聞くことができるようになったら、もう一生もので。「〇〇式健康法」とか「〇〇の魔法の法則」とか「修行」とかそういうものも必要なくなってくる。だって、あなたの身近なカラダが、今必要なもの、こと、人など全てを運んでくるから。こんな素晴らしい自然の一部であるカラダと仲良くなって味方につけたないのはもったいないなというのが私の感想。そして何と言ってもお金がかからないし、どこでも、誰にでもできるからそこが気に入っている。太陽も空気も本来は全てただ。(なぜか子供のころからいつも頭の片隅にあったんですよね。)〇〇セミナーとか大金を頑張って払う必要もない。別にセミナーに行かない方がいいといいたいわけではないですよ。私もワクワクするセミナーは受講したりすることもあるので。でも最近は全く行かなくなってしまった。

そういえば、マスクも以前たんまり買ってそのまま。なかなk減らない。手洗いでアルコール消毒もしたいことがないし、うがいもゼロ。それでも風邪やインフルエンザにかからない。

カラダの声を聞きながら食べることを意識するだけでなく、目の前の現象と戦わず頑張らない、十分な睡眠などなど、自分にとって心地よいライフスタイルを整え、本来の自分にかえっていくと、問題は解決するべきものではなく、問題という存在が存在する必要がなくなってくる。花粉症、風邪、インフルエンザで消耗しない世界を創造し、その世界で生きることを選択している感覚。

毎日、自分の内側が投影された外側の世界を体験しているだけなんだけど、やっぱり変化、体験って飽きないしおもしろい。これからも淡々と地味に観察&実践です。


Category:health  Tag:ヴィーガン / 断食 / 甘味料 / 飲み物

カラダの変化が目まぐるしい。現在断食2日目。

今年はおせちやお雑煮なし。七草は、Trueberry(トゥルーベリー)さんの絶品、オーガニックコールドプレスジュース。もうヴィーガンライフといっても、「おせち」や「お雑煮」そういう食事が厳しくなってきた。これも変化、流れなのでなりゆきにおまかせ。おせちやお雑煮を食べない方がいいとかそういうことを議論したいわけではないですよ。カラダの声に従っているだけなので。

昨年前半は、今思えば「甘味料」を卒業した年でした。「絶対に食べません!」と宣言しているわけではなく食べても食べなくてもいい依存していない状態に。そして食べない方がカラダがラクだから食べないそんな感じです。

実は昨年のお正月早々にAmazonで「COCOA オーガニックピスタチオ・ローチョコレート」をポチッと購入してしまったんですよね。カラダが甘いチョコレートを欲しがっていなかったにも関わらず、美味しそうと頭で買ってしまいました。ホワイトチョコが大好物なので。(これ、ピスタチオが入っていて、口どけもよく甘さもしっかり感じられ、ほどよい塩味にハマります。ホワイトチョコレートの濃厚な甘ったるい感じと甘じょっぱいものがお好きな方にはおすすめかも。でも食べた後の口の中は爽やかでカラダも軽いですよ。私はもう食べられませんが…。)



しかし、それを食べた後のカラダの反応がすごかった。1枚食べたら翌朝、激しい喉の乾燥で目が覚め、この違和感はもしかするとチョコレート?花粉症?風邪?と思いながらもまた1枚食べたら、その翌日、喉の激しい乾燥、鼻水と咳が1週間以上続きました。花粉症と全く同じ症状で。でも全て必要ないエネルギー、粘液を出し切った後は、昨年一切そういう反応なし。チョコレートには甘味料が相当入ってる。このチョコレートの甘味料は有機ココナッツシュガー。メープルシロップ、ココナッツシュガー、米飴など、私にとって反応がでずOKな甘味料だったと頭で思っていましたが、どうもカラダは変化して今は違う状態に。少しくらいの甘味料なら花粉症のような症状は今のところ出ないよう。

メープルシロップがたくさん入ったロークッキーを食べたら、やっぱり喉の乾燥、違和感と鼻水が少し出たので、甘味料はカラダに入れない方がいいなとようやくカラダで納得。甘味料はオーガニックであろうとなかろうと、メープルシロップ、ココナッツシュガー、何でも腸の調和を崩すんだろうな。喉の激しい乾燥のように、粘膜、皮膚が乾燥するというのは腸の状態が良くないということだし、腸内、粘膜の水分を奪ってしまうみたい。それにしても昨年は、家にあったメープルシロップやココナッツシュガー、米飴が全く減らず、一切購入もしなかった。こんな日が来るなんて本当に自分でも驚き。

私の場合、とことん食べたいものを食べたいだけ食べて、辛いことも楽しいことも両方体験してから離れていくというプロセスを好んで選択しているみたい。気づいてすぐ変換できる人もいるから、遠回りかもしれないけれど、しっかり味わい切ると次に何をしたら良いか自然に見えてくるし後戻りがない。食べることだけでなく、何でも考えすぎず、まず実践することが大切だなと。そうすると次の山が必ず見えてくるから。

私は、ヴィーガンチョコレートを全く買わなくなってしまったし、あんなに好きだったのに食べたいと思わなくなってしまった。だから新商品がでても食べられないからブログにアップできず。たまに、ローチョコスムージーにはお世話になりましたが、もちろん甘みは基本バナナなどのフルーツやデーツ。デーツシロップも私の場合はNG。デーツや果物の甘みなら、昨年生理前、生理中にたまにあった頭痛も全くなし。「腸」「脳」「肌」全て繋がっていることをカラダは何度でも何度でも、私が気づくまでおしえてくれる。ありがとう。頭でわかっていてもなかなか行動に移すまで時間がかかりました。

昨年末から今年はじめにかけて、家でパーティ、ヴィーガン仲間のお家でヴィーガンディナー、そして外食で揚げ物、調子にのってこれくらい大丈夫でしょと、白米やら玄米やらパンやら甘味料、小麦粉たっぷりのベイクドケーキ、揚げせんべいなど普段たくさん食べない物を、食べ合わせも無視していろいろ食べていたら、私の腸は腫れ上がって下半身のひどいくむくみで気持ち悪い状態になっていました。それと同時に、突然の激しい手荒れでガサガサに…。ここでも、「腸」と「肌」の繋がりを改めて実感。

ということで、現在断食2日目。断食をした方がいいなと思いつつなかなかやる気にならず、こんな状況になってようやくやることに。いろいろな断食方法があるようですが、私の場合、カフェインやアルコール、甘味料、動物性由来の食材などは普段から取らない生活をもう10数年以上実践しているので、いつからはじめても特に頭痛や何か辛い症状、お腹が空いて死ぬそう、動けないなどは全くなく、すんなりはじめられます。ちなみに液体を摂取する断食でLiquid Fasting。

久しぶりのひどい手荒れで、思わずオイルやらハンドクリームを購入したものの、断食をはじめたら一気にツルッツルになってしまい必要なくなってしまった…。こんなことなら買わなくてもよかったなと思いましたが、たまたま見つけたオイルとハンドクリームはなかなか良さそうなので、またブログにアップしようと思います。何を触っても引っかかるほどガサガサの手肌からの断食だったのでツルツル感に感動。それにしても、乾燥が激しい季節に洗い物をしてもツルッツルで何ともない。肌荒れは腸が荒れてるって証拠だね。

断食中は、私に合う液体をと、ハーブティーやりんごのすりおろしを絞ったジュースとか、梅湯とか、お水とかを試しつつカラダを観察しながらやっているところです。甘酒をうすめたものや塩はむくむので私の場合は取らない方がよいみたい。今のところ、ハーブティ、果物のしぼり汁、お水がいいみたい。お腹が空くというよりは、喉が渇いた時に。いや喉が渇いた時でもないな。気が向いたら。これさえあればずっと断食を続けられるというものも、今さながら思い出してワクワク。お金がほぼかからないんですよ。

みんなで食事する以外「食費」というものが必要なくなる日がくるような気がしてしまった。今のところ可能な限り液体で過ごす予定。これもなりゆきで。目標設定も期待もなし。固形物を食べない方がカラダが本当にラクなので。そういえば、いつも痛みがあるなと感じていた左足裏の膵臓ポイントも、断食をはじめてからは消えている。

意識して食べると、目の前の現象、ライフスタイルがかなり変わる。思い込んでいた「普通」「常識」「前提条件」「固定観念」など全てが自分中心になるから。「本質」が見えてくると、何が自分にとって「ウソ(思い込み)」で、何が自分にとっての「真実」なのかがクリアになってくる。これがね、毎日気づきの連続で、ラクに楽しくなっていくからおもしろい。本来の自分を少しずつ再発見していく感じ。どんどん少しずつ解放されていく。

新聞は買っていないし見ていないけれど、宝島社の朝日新聞の意見広告「敵は、嘘。嘘つきは、戦争のはじまり。」がSNS上で話題になってるみたい。実は気付かず無意識に自分自信に「嘘」をついていたりする。食べることだけでなく全てにおいて。これが自分と刷り込まれ信じ切ってしまっているからなかなか気づくのは私の場合難しかった。でもその「嘘」に気づき「意識」がかわり「本質」に近づいてくると「嘘」にもとづいた「アウトプット」「発想」「行動」ではなく「真実」にもとづいた「アウトプット」「発想」「行動」に。はじまりが全く違ってくるからライフスタイルがガラッと変わってしまう。それも心地よくラクな方向へ。自分は何を体験したいのか、クリエイトしていくイメージ。外側の「嘘」に従う必要がないし、自分がつくった外側は自分の中にある刷り込まれた「嘘」が現象化されているだけ。外側を批判したり、外側と戦う態度になりがちだけど、カラダのあらゆる症状と一緒で、全て自分の内側にある必要ないゴミ、エネルギー、嘘が出てきて目の前に現象化されているだけだから、出し切って観察するのみ。意識的に食べることだけでなく、いつもこれは気をつけてていること。病気、外側の現象と戦わない。

「医療費」だけでなく「食費」も「0」になる日が近いうちくるかも。そうなってくると自分の必要最小限の家計が世の中の常識ともかみ合わなくなってくるし、週5日も働く必要があるの?!そんなにたくさん稼ぐ必要があるの⁈とかいろいろ自分サイズにちょうどよくおさまっていく。最近は家を持たない人も増えてるみたい。それもありだよね。おもしろい。私のライフスタイルもコンパクトにラクになっていくから、今年も今から静かなワクワクが止まらない。そのワクワク感、夢を叶えるという感じじゃないんです。何かふと閃いたらその瞬間それは叶っている感覚。

自然の法則に沿った調和した世界には常に必要な分だけ全てが用意されている。多すぎたり少なすぎたりすることはなくちょうどよい必要最小限が与えられ全てが循環、変化している世界。そんな感覚を、意識的に食べることを選択することで、自然の一部であるカラダが今日もずっとおしえてくれる。自分にとって心地よく、ちょうどよい量、質、ポイントがあるから、誰かと比較する必要もなく、誰かのものを奪ったり、誰かを、外側をなんとかコントロールしたり介入する必要もなくなる。

お金もカラダの中を流れる血液もエネルギー。必要な時に必要な量が常に循環しているそれが一番心地よい状態、調和している状態だったりする。そして、自然と必要以上に何でもかんでもほしいと思わなくなってくる。物だけでなく、恋人やパートナー、友達、恋愛、結婚、出産、お金や仕事もね。必要なことは必要な時に向こうからやってくる。あってもなくても全く問題ないという感覚。10数年前に言われた言葉が最近になってようやく腑に落ちてきた。外側がどんな状況出会っても、今満たされ安心感に包まれて穏やかな状態。まず自分の中を整えることが一番。本来自分は何を体験したいのか。

というわけで、あっという間に今年もはじまってしまいましたが、いつもブログを読んでくださりありがとうございます。今年もピンときた時はぜひ読んでみてください。でも、ピンとこない時は読まずにこちらのブログから離れた方がいいですよ(笑)その人にとっての「真実」はそれぞれに違うので。常に変化している私も、今と昨年では全く違いますが、今年もどうぞよろしくお願いいたします。


Category:health  Tag:エアコン / ナチュラルクリーニング

エアコンの初ナチュラルクリーニングと簡単カビ防止対策。

今年の夏は、酷暑にも関わらずエアコン設定温度は28度、29度が多かった。5月下旬、以前から気になっていたエアコンクリーニングを今年こそはとようやくピンときた業者さんを見つけたのでやってみました。やっぱりキレイになると気持ちいい。

普通のエアコンクリーニングではなく、「ナチュラルクリーニング」「エアコン」で検索したら自然派ナチュラルクリーニングの「クリーンライフ ECO」の会社がヒット。できるだけ環境に影響を与えないクリーニングは他にもいろいろな会社があったけれど、口コミを読んでも迷うばかり。とりあえず最初に気になった「クリーンライフ ECO」さんにまず電話をかけてみたんです。するととても丁寧な対応で、まずビックリ。

あとで聞いたらなるほどそういうことですかと納得。元ホテルマンだったらしくまさにホテルのコンシェルジュに電話をしてしまったのでは?と勘違いしてしまうほど丁寧な受け答えで。

エアコンの作業はとてもシンプル。エアコンカバーを外し、ビニールで覆って、汚れにもよりますが、今回は「セスキ炭酸ソーダ」を満遍なく吹き付けて少し時間をおき、水を噴射して洗い流すそれだけ。取り外したカバーなどももちろんお風呂場で洗ってくださいました。一気にキレイになり、カビ臭い嫌な匂いも消えスッキリ大満足。きめ細やかでとても丁寧な対応だから見ていて安心。私が使っているお掃除機能付きのエアコンは¥16,800(税込)でした。 IMG_3810 こんな感じで真っ黒いカビがたくさんバケツにたまりましたよ!洗濯機の洗濯槽にもカビが繁殖するわけだから、エアコン内部もあたりまえですよねと今さらですが…。洗濯機も分解掃除をお願いできるかちょっと見ていただいたのですが、もう錆びてネジやら部品がボロボロ。だから買い換えですねということになりました。 IMG_3811 わかりづらいかもしれませんが、Before… IMG_3807 After… IMG_3817 ご自宅で使う1年分の石鹸も、ご自分でまとめ作ってしまうそう。人と接することが好きでホテルマンになり、お掃除、キレイにすることに関してはもともと趣味であったらしいです。ホテルマンの経験もいかされて、趣味がいつの間にかお仕事になってしまっている。だからお仕事が楽しくて仕方がないらしい。ちなみに手作り石鹸の販売はしていません。

夏のエアコン使用時のアドバイスもいただきました。エアコンのメンテナンスは、フィルターなどの掃除以外にできれば2週間に1回ほど、私の家の広さとこのエアコンの場合「20分ほどそのエアコンを暖房で最高温度(私の場合は32度)に設定し強制運転すること。」とそれだけ。最高温度に設定することによって強制運転になるらしく温度が下がらないらしいのです。

ちょっとしたことですが、これをするとしないとではかなり状況が違うようなんですね。だから業者さんもエアコンの中を覗くだけでどのようにその家庭で使われていたかがわかるらしい。ただ全くカビが発生しないというわけではなく、カビの発生を遅らせることができるそうです。来年どんな状態になっているか楽しみ。

今年は2週間に1度と言うより気づいた時に暖房を最高温度で強制運転を20分、まめにやってみました。

常にエアコンの羽を水平にして対角に配置した扇風機と合わせて使いましたが、ナチュラルクリーニングのおかげもあり、基本的に温度設定は29度でOKでした。ちょっと暑くなってきたなと思ったら28度にしたり、数日27度にしたこともありましたが、27度28度にすると結構寒く感じたことには驚きでした。去年は27度が基本だったので。今年は酷暑にもかかわらず、夏バテもなく、エアコンの温度設定も高めでOKだったので、なんだかうれしい。

扇風機といっても、私が使っているのはただの扇風機ではありません。マイナスイオンが発生し森林浴にもなり、カラダに直接あたっても喉が痛くなったりそういうことが起こらない自然風に近いひんやりした爽やかな風、そして消し忘れてしまうほど音もほとんどない。スパイラル状の風がV字に広がるので空気が循環し室温が均一に。1時間で電気代が約1円!と「森林の滝」はとてもお気に入り。とにかく気持ちいい。分解してお掃除もできるから助かります。 私は黒を持っていますが



両親は白を2台持っています。



今回は「クリーンライフ ECO」代表の清水さんがキレイにしてくださいましたが、実際に普通のハウスクリーニングではどんな洗剤でどのようにクリーニングされているのかを知っておいた方が良いだろうとダスキンさんでも修行をされたことがあり、ご自分では環境に優しい洗剤で清掃をしたいという思いから起業されたそうです。はじめはお客様が少なく大変だったらしいのですが、現在では逆に大手企業から指導を頼まれるほど。今では大忙しのようです。お客様の中には、シックハウスでお困りの方も多いらしく心地よい住まいの提案をいろいろ模索されていました。スタッフの方々が無理なく働けるようにいろいろと考えてらっしゃるので働いている方も気持ちいいだろうな。

本当にやりたいことをやるということは、少し怖いことかもしれないけれど大切だなと。もちろん方向性が自然の摂理にかなっているかが1番のポイントですが。

素敵なクリーニングありがとうございました!

●クリーンライフ ECO
【電話番号】03-5991-3139
【受付時間】10:00-17:00
【URL】http://www.cleanlife-eco.com


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about(自己紹介)
自己紹介写真 こんにちは! 穀物菜食(VEGAN)という食スタイルに 出会ってから、ずっとつらかった原因不明の カラダの症状がいつのまにか消えていました。 動物性食品、ナス科の野菜(トマト、じゃがいも、なす、ピーマン、唐辛子)、アルコール、カフェイン、 白砂糖なしのVEGAN LIFE(ビーガン ライフ)を楽しみながら 日々の気になることを綴っています。

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