Category:culture  Tag:ヴィーガン / 坂本龍一 / 断食 / 福岡伸一 / 自然 / 音楽

坂本龍一さんと福岡伸一さんの対談で思い出した、人間、マインドのコントロールから肉体がはずれた断食体験。

坂本龍一さんと福岡伸一さんの対談後半は坂本さんが福岡さんにインタビューするかたちではじまり動的平衡のお話も出てきて面白い。

福岡さん自身がご自分の研究はロゴスの極みと言っていましたが、遺伝子一つ一つに名前をつけマウスの遺伝子を操作して遺伝子である部品を一つ削除して異常を引き起こすかどうか実験したことがあり、何も異常が出ずマウスは元気で次の世代にも異常がでなかったそうで。異常が起こるだろうと機械論的な頭で考えていたけれど一つ欠けても問題が何も起こらなかったらしい。部品が一つなくても新たなバランスを立ち上げることができる、そこには生命があるという当たり前のことに気づいたと。ロゴス、言葉で自然現象を切り取りすぎるとそのものの本質を見失いがち。

結局何も異常が起こらなかった遺伝子実験の挫折体験から動的平衡の考えへ行きついたらしいのですがその動物実験が良い悪いとロゴス的に判断するのではなくその実験という山を登らなければ次の山、風景が見えなかったわけで。福岡さんにとって大切な気づき、体験だったんだなと。

坂本さん自身もたくさんの音楽を生み出しながら、たくさんの山をのぼった今だからこそ「async」というニューアルバムにたどりついたと。そして実際に登ったからこそ今、次に登る山がいくつか見えてきたらしい。

何に気づくかということもタイミングも人それぞれ違うわけで。それぞれのプロセスがあり、遅い早いとか良い悪いとかそういところを超えてその人にとってぴったりのタイミングでその人に必要な気づきがやってくるんだろうな。

遺伝子を1つ削除しても新たなバランスを立ち上げる回復力、生命力があるということは、人間の頭、実験では計り知れない生命の謎、自然の仕組みがあるということをはっきり福岡さんは語られていました。私たちの肉体も自然の一部でありそこには実験や人間の頭で説明できない自然現象がたくさんある。カラダは物でなく生き物なので。それは毎日自分のカラダを観察しているとよくわかるんです。

福岡さんが研究されている動的平衡とは、簡単に言うと行ったり来たりすること。

生物はすべて分子で成り立っており、対談ではネズミとチーズの例で動的平衡を説明されていました。ネズミがチーズを食べることによってネズミのカラダが反応しネズミを構成する分子の一部が分解されチーズの分子に置き換えられるということ。食べたものがからだを作るとよく言われますが、食べたものの分子の一部がカラダの分子の一部になるということ。とてもわかりやすい。

人間も分子レベルでは1年ほどで全く別の分子に置き換わっているらしい。生き物の外と中を分子が行き来するこれが動的平衡の考え方。目で見えないけれど人間も生き物も環境、自然もとても風通しの良い関係だと言える。ということは当たり前の話ですが食べるものだけでなく空気や環境などすべてに影響されるということでもありますよね。

お二人の対談から、今実践中の砂糖、タバコ、アルコール、カフェイン、ナス科の野菜なしのヴィーガンという食スタイルも人間、マインド、エゴのコントロールから自然の一部である肉体を解放していく作業だったと再確認できたのですが、人間、マインド、エゴのコントロールがいかに強力かに以前気づいたことがあって。今思えば福岡さんの研究されている動的平衡も同時に体験したと言えるかも。

それは10日間の断食に参加した時のこと。もう7〜8年ほど前になるのかな。こんな風景が広がる山の中のホテルでの断食でした。 fasting01 断食会場に到着した時は初めての断食体験だったのでややテンション高め。体調が悪いわけではなくとっても元気でした。しかし翌朝断食初日、急激なカラダの変化にびっくり…。カラダが重く何だか気持ちが悪い。風邪気味でもなかったし熱もない。だるいというかベッドから起き上がれない。

断食期間中、毎日朝夕のシェアタイムがあるのですがなんとか参加するために部屋から出て椅子に座ったはいいけれど頭を持ち上げられず下にだらっと上半身を持ち上げられない状態でシェアタイムがスタート。私の状態を見ていた主催者がすぐに前へきて今の状態を話してみてと。そこで自分のカラダの状況をダラっとした格好でシェアしたような記憶があります。そしてアドバイスが一言「マインドのコントロールが外れたんだね。滝へ行ってごらん。」と。

私は元気だと思っていただけで、実は体の中はエネルギーがなく充電切れだったわけで。じゃあなぜ体は普通に動いていたのか。それはマインド、エゴ主導でエネルギーがなくても弱音を吐かず頑張りなさいと無意識に体をコントロールしていたということ。これはなかなか気づけない。昔の私ならさらにエネルギー切れの体にコーヒーや白砂糖の甘いもの、暴飲暴食で鞭を打ち体と戦っていました。

ぐったりした体をなんとか起こしてメンバーについて滝へ。山の上で断食しているにもかかわらずさらに上を目指して山を登っていかなければならないので気分も悪く体も重いと大変でしたが。なんとか山を登って滝へ到着しました。そしてこの写真、この滝に入ったんです。 fasting02 そうしたらあれ?カラダがシャキッとスッキリ。え?!何が起こったの?という感じ。滝、冷水のエネルギーはすごいよというお話は聞いていましたがこんなにも一瞬にカラダが変わってしまうなんてビックリ。エネルギーを一瞬にしてチャージできる滝ってすごいかも。自然の中にはエネルギーが満ち溢れている。カラダにエネルギーを与える方法は食べることだけではないと感じた瞬間でもありました。

この写真の滝に思いっきり打たれたというわけではなく滝のちょうど裏側が歩けるようになっていてそこでこぼれてきた滝の水やしぶきを浴びる感じ。その後滝の目の前に溜まった冷水の中にも入ってみましたが。震えるぐらいめちゃくちゃ冷たいけれど気持ちいい。

水道水とは違う、山という自然から吹き出す水は半端ないエネルギー、生命力を持っているんだと感じた瞬間でした。もちろん冷水なので冷たいのですがそれも自然あるがまま。水も生きている。

滝は修行僧の滝行のイメージでしたが、いやいやお坊さんに独占させておくのはもったいないと思ったり。生きている生命エネルギーをカラダにチャージするには最高の場所でした。帰り道、断食会場であるホテルまではカラダが軽いし気分は最高でした。

この時、毎日無意識にどれだけ自分の体をコントロールしているのかがよくわかったんです。自分では元気だと思っていたけれど無意識にしっかりやるべきことをやりなさい行動しなさい頑張りなさいとマインドが言い聞かせコントロールしていた。全くそんなつもりはなかったのですが。

自然のエネルギーが強い場所に行くと、おそらく福岡さんの言う動的平衡が空気や環境とカラダの間で起こり自然の一部であるカラダにスイッチが入ったんだろうと思います。カラダ主導、自然主導になった私のカラダは、人間のコントロール、マインドのコントロール、エゴのコントロールから一気に外れ一気にぐったりしてしまった。ぐったりした姿は恐怖と思うかもしれませんが本来の姿に戻ったというだけのこと。全く気づかなかったけれど私の体はとても疲れていた。毎日、無意識に私、マインド、エゴが体をコントロールしていることが今はよくわかる。

この滝での体験で、滝から吹き出す水のエネルギー、分子と私の体の分子が行き来し福岡さんのいう動的平衡が起こっていたんだなと思うと興味深い。目に見えないけれど分子が常に行ったり来たりして影響し合っている。口から食べ物を入れなくてもカラダの周りに存在する、太陽、空気や水、感情などすべてはエネルギーで影響し合っていることも腑に落ちる。

いまだ福島で出し続けている放射能も、農薬も排気ガスもタバコの副流煙もカラダも食べ物も物質ではなくエネルギー。そしてすべては分子レベルで行き来ができる風通しのよいエネルギーということが体験からもよくわかる。だから環境が汚れる、自然を操作するということは自動的に自然、環境の一部であるカラダも汚れる、操作されるということ。ここからここまでと切ることはできないしすべては繋がっていると感じる。

現代社会では疲れて果てエネルギーがなく、消耗しきっているにも関わらずカラダに鞭を打って頑張れと無意識にコントロールしている。疲れきった体、消耗しきったカラダにさらにカフェインやアルコール、白砂糖でエネルギーチャージさせているつもりかもしれませんが、実は肉体をさらに疲弊、消耗させている。

人間は自然の一部であるカラダをコントロールしようと無意識に戦っている。現代の食生活はとても人工的、人間、マインドにコントロールされているわけで。その人間のコントロール、マインドのコントロールからフリーになるには意識だけではなく食べることを見直すことが結構大切になってくる気がしている。意識を変える前に体の声を聞きながら食べることをしていくと自然と意識も変換されていく。そしてその人間、マインド、エゴのコントロールがいかに強力かということをコントロールから外れるとよくわかる。

私はアルコール、カフェインはすぐやめられましたが、砂糖からフリーになるのは大変だったので。砂糖中毒もある意味マインド、人間のコントロール。砂糖を口にしないことはある簡単。でも何か口がさみしく食べないではいられない異常な食欲というか頭がマインドがもっともっと欲しいという抑えられない欲求がすさまじかった。異常な食べ方はやはり砂糖のコントロールからはずれてそういうことかとはじめてわかったことで。砂糖依存、砂糖によって本来の姿が失われカラダに必要ないものをむやみに食べ内臓を消耗してしまう。食に限ったことではないですが食べることも先祖代々受け継がれているコントロールでもありますから。

アルコール、カフェイン、砂糖など自分にあわない食べ物からフリーになると食べることに対する態度、意識も変わってくる。カラダの声に従うと食べ過ぎることができなくなってくるし、毎日3食〇〇品目を食べなければならないとかそういうところのコントロールからも自然にはずれていく。本来の自分の食スタイルにもどっていく。そして時には食べない方が集中できたりと不食という世界や次に見える山、景色も変わってくる。

福岡さんも現代社会のロゴス、人間のコントロールの強力さを話されていましたが本当に私もその通りだなとカラダをいつも観察しながら思ってしまう。次回につづきます。


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about(自己紹介)
自己紹介写真 こんにちは! 穀物菜食(VEGAN)という食スタイルに 出会ってから、ずっとつらかった原因不明の カラダの症状がいつのまにか消えていました。 動物性食品、ナス科の野菜(トマト、じゃがいも、なす、ピーマン、唐辛子)、アルコール、カフェイン、 白砂糖なしのVEGAN LIFE(ビーガン ライフ)を楽しみながら 日々の気になることを綴っています。

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