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Category:health  Tag:ヴィーガン / 健康 /

【体験メモ】ヴィーガンになったら薬も病院通いも必要なくなり医療費がゼロになってしまった!

小さい頃はめったに風邪をひかず病院に行くことは少なかったようですが、卵、乳製品の入った離乳食を食べた時、3日ほど全身蕁麻疹。母は原因がわからず困っていたらしい。母子手帳にそんなメモが残っていました。

10代、20代は原因不明の様々なカラダの症状に悩まされ病院へたびたびお世話になっていました。お医者さんははっきり原因はわからないけれど一応薬を出しておくとそれだけで治るどころか年々ひどくなるばかり。当時はヴィーガンという食スタイルも知らなかったし何もわからなかった。

私もそうでしたが、完治しないにもかかわらず病院や薬にお金を払ってもクレームをつけている人を普段見かけたことがない。購入した商品が不良品だったら、お店でよくないサービスを受けたら一言いいたくなるのに…不思議。

ヴィーガンライフ10年目。カフェイン、アルコール、精製砂糖など自分に合わない食べ物、薬無しの生活は、やめなさいと言われてもやめられない(笑)。

世間で言われている病気は病気ではないと自分に合ったヴィーガンという食べ方を実践し体験でわかってきた。病気は怖いもの悪いもの、排除するもの、戦う対象ではなくただシンプルにカラダの不調和を知らせる自然(=肉体)からのメッセージ。私たちが勝手に良い悪いと判断しているだけで病気は本来は良い悪いという二元性の世界を超えたエネルギーの表現、愛そのもの。愛情じゃないですよ。自然には情(なさけ)は全くありません。地震や台風と同じで非常に厳しい時もあります。カラダに入れてしまった様々な必要ないものを肉体が外へ出そうとする時、私たちに容赦なく強烈な痛みを与えてくる時もある。でもその嵐が終わるとカラダはパワーアップしそれも感謝にかわる。

ヴィーガンになる前はカラダ(自然)の声を全く無視し自然の一部である大切な肉体を自ら痛めつけずいぶんと長い間病気と戦ってきました。反省しているわけではなく、自分自身を責めているわけでもないですよ。その時は私も何も知らず毎日無意識に食べ続け病気に対して恐怖と不安を感じ、やはり無意識に何とかしなければと反応していた。

カラダ(=自然)の声を聞きながらヴィーガン食を実践したら薬やサプリメントも必要なくなりいつの間にか医療費がゼロになってしまった。さらにカラダもココロもラクになってついでにお金の節約にも。

私も病院へ行っては薬を買って全く改善されないモヤモヤした毎日を送っていた1人。

大学病院の先生の言葉がそんな私の生き方、方向性を一気に変えてくれた。どんな言葉だったのか。それは「手術をオススメしますがまた再発します。もし手術中に切除が難しいと判断した場合は全摘出になりますのでご了承ください。」と。

その話を聞いて何だか違和感を感じてしまった。お金を支払い、痛い思いをし、再発もあるかもしれなくて、元気な臓器までとられてしまう?手術をする必要がないという周囲のアドバイスと共にわたしの中でも手術はないなと感じました。病院の先生には丁寧に説明をしていただきホント感謝。

そこからスイッチが入り、今まで何も疑わず無意識に食べていた私は意識的に食べるようになりました。お坊さんやパン屋さん、自然食レストランのオーナー、リフレクソロジーの先生など様々な方々とのサポートで本格的にヴィーガンという食スタイルを実践。ヴィーガンというよりも自分のオリジナルの食スタイルを知る旅というか、自然の摂理を学ぶプロセスというか。手術も必要なければ薬も必要なく、悩んでいた原因不明のさまざまなカラダの症状がなくなってしまった。現在健康診断もオールA。貧血もなければ痛みもなく全く問題がない。

今まで無意識に世の中の常識通りに1日30品目、肉も魚も卵も精製砂糖も何でも食べていましたが、人それぞれ食べるものも量も日々違うということがわかってくる。昔の方がマニュアル通りとこだわっていたような気がします。人生においてもそれぞれのプロセスがあるように、それぞれのオリジナルな食べ方がある。マニュアル化したり統一するということが本来できない。だから食べ物を変えると人生もかわってしまう。変えるというよりは、より自分自身を知っていくこと、より自分らしくあるということに近づいていくような感覚。

たかが食べ物と思うかもしれませんが、自分自身を知っていくプロセスの中でカラダの声、つまりは直観を聞いていく練習にもなり、食べ物だけでなく今自分に何が必要なのか、普段の生活にもそういう直観がいかされていく。何も知らなかった私は食と同様、無意識に薬を肉体に与え自ら苦しんでいたなと今は思う。

高校の環境の授業で生態系(エコシステム)を学んだ。すべては循環していてすべてはつながり調和していると。そのときに、勝手に人間が自然を壊したり生物の数を増やしたり操作してはいけないと頭によぎったことを思い出した。どこかが狂うと全てに影響し不調和をきたす。自然には見えないルールがある。

肉体も自然であり宇宙の一部。内臓、神経、筋肉などすべてはつながっていてそのままで完璧。どこかある一部分に対して人間が何かしようとすれば必ず全体に不調和が現れる。

そんな完璧な肉体に薬を与えるということは、作物を育てるために農薬や化学肥料を大量に使って大地を汚すことと同じだと感じる。薬や精製砂糖、合わない食べ物によって肉体にダメージを与え、逆にエネルギーを奪ってしまう。海や森など自然ももちろん大切だけど、それと同じぐらい私たちにより身近な自然である肉体も大切にしたいという気持ちも芽生えてくる。

肉体も自然も人間にとってまだわからないことだらけ。全て解明されてない。薬にしても人間がつくるものは完璧ではない。人間がわかっている範囲でしか薬はつくれない。薬に限らず私たちがつくるものは自然の完璧さに比べたら不完全。

まだまだわからないことだらけのカラダに不完全な薬を入れてますます不調和を生み出し、一方自然の一部である完璧な肉体はカラダを維持するために、痛みや膿や痒みや様々な表現でその不調和を調和へ導こうと、もとにもどろうとメッセージを送ってくる。カラダの症状は自然である肉体が生きようとする防衛反応。私たちはいつも自然である肉体に守られている。だから何があっても感謝して穏やかでいられる。

このような体験から、物事を良い悪いのの二元性で判断せず両方ある視点、つまりは観察する視点を持つことが習慣になってきた。痛み、病気は怖いもの、恐怖ではない。

私たちは痛かったら痛み止め、風邪をひいたら風邪薬、不完全な薬を使って結局自然(=肉体)の働き、エネルギーの表現をなかったことにしてしまったり、感じないようにしてしまう。そうやって自然(=肉体)との戦いを延々と続けている。医療費はいくらあっても足りない。そして戦いは終わらない。

薬や手術で完全に治ってみんながハッピーであればいいけれど現実を見るとそうではない気がする。麻薬や精製された砂糖だけでなく、病院が処方するステロイドや抗がん剤など薬も危険な合法ドラッグ。

これは治験で働いていた方のお話。世の中にでまわってる薬のほとんどが効かないですよと。その人はヴィーガンではないですがもちろん薬は飲まないと。お医者さんでも薬は飲まないとおっしゃっている方もいる。

私の母は大学病院にずっと通っていたことがあり、中性脂肪とコレステロールの値を下げる薬として10年以上にわたってある薬を飲んでいた。

途中先生は薬はやめず予防として飲みましょうと。でどうなったのか。数値はほとんど変わらず。ただ予期せぬ後遺症がジワジワでてきて遂には立てなくなった。筋肉がゆるんでしまう病気。この時、薬というものがよくわかった。母は辛かった思いますが自分でよかれと思い薬を飲み続け、もともと問題のなかった筋肉を自ら壊してしまった。後遺症はないとお医者さんは言っていましたが、人間がつくる薬は何かを治すためにつくられたとしてもどこかに不調和をきたす場合がある。なぜなら肉体、自然のしくみはまだまだわからないことだらけだから。痛みをこらえ杖をついて歩く毎日。当時私たち家族は車いすも覚悟していたほど。

ちょうどその時「私は薬に殺される」という本を知り読んでみたら全く同じ薬で同じ症状でその著者が苦しんでいた。そこで母は薬を辞めようと決意。



でもね辞めるまで結構大変だったんですよ。何がって先生を裏切るなんて申し訳ないという罪悪感。そんな罪悪感すぐに捨ててしまえばいいと思うかもしれませんが、誰でも一度信じたことはなかなか手放すことはできない。誰かが言うからとか、お医者さん、マスコミがこうだからではなくやっぱり自分の気持ちやカラダの声を第一に!ひとりひとりみんな違ってあたりまえ。

今は母も完全にヴィーガン。私が強制したわけではないですよ。もちろん薬も必要なくなり病院へ行く必要もなくなってしまった。だから医療費も60代にしてゼロ。しっかり歩いて元気に動き回っている。杖をついていた母はまさに病院と薬への依存状態だったなと今では思う。あのまま飲み続けていたらと思うと恐ろしい。病院にお金をたくさん払って薬と一緒に後遺症までもらってしまった。

子宮頚癌ワクチンで今裁判をおこしている若い女性や家族たち。彼女たちがあんなに苦しんでいるのに裁判をおこし勝たなければ国も病院も何もしてくれないなんて…。子宮頚癌ワクチン、摂取しても問題ない人ももちろんいる。でもそうでない人がいることを無視している。子宮頚癌ワクチンが今ほど広まる前にこれからの時代に必要だとある団体から署名を求められたことがある。もちろん署名は断った。

はっきり言って健康診断も必要なくなってくる。自然、肉体が全てを導いてくれるから。診断結果はその瞬間の数値。肉体、自然は常に変化しているし10人いれば10通りの数値があるわけで。高い数値で問題ない人もいればそうでない人もいる。肉体は物ではない。マニュアル通りに自然、肉体のコントロールは不可能。

胸部X線検診も厚生労働省で廃止を検討していたにもかかわらず医療業界が反対!儲からなくなるから。胸部エックス線検査は海外ではその有効性が否定されており危険性をも指摘している。

ヴィーガンライフ、良い悪いを超えて物事の本質をみる力も少しずつそなわってくる。そして今自分には何が必要で必要ないのか直観が冴えてくるし、今必要な人、もの、ことがベストなタイミングで向こうからやってくる。

まだまだ知らない、知らされていないことたくさんある。常識と言われることほど自分には合わないことなのかもしれない。もちろんこのブログもあくまでも1体験サンプル。私にはぴったりでも他の人には合わないかもしれない。鵜呑みにせず自分で実践して感じることを大切に。自分のカラダは自分で。なぜなら最高のドクターがあなたの中にある。

本来人間は病気で死ぬのではなく、寿命を全うするようになっている。

何を食べるか、何を食べないか、それは自分を知っていくこと、そして自分を大切にする、愛することにもつながる。食べ方も生き方も人それぞれ。多様性、いろんな食べ方があっていいと自然に受け入れられるようにもなってきた。そうすると、みんな違って完璧で、戦うのではく、それぞれがあるがままでいいという感覚になっていく。

ヴィーガンになって体調不良になる方もいるようですが、もしかすると今まで身体に入れた不必要なものをカラダが一生懸命出そうとしているのかもしれない。好転反応ともいいますが、一見恐怖を感じるような症状も出てくる場合もある。私もいろいろ体験していますが、母もヴィーガンになって歩けなくなったことがある。突然右膝が全くうごかなくなってしまった。でも3〜4年程かかりましたが今は普通に歩いています。見守る、観察するという忍耐力そしてすべて引き受けるという覚悟も自然とできてくる。喜びも痛みもすべて受け入れる覚悟。するとどんなことが起こっても人のせいにはできなくなるし、自分を、自然を信じることができる。

ちょっとだけなら精製砂糖を食べてもいいじゃないと都合よく頭で考えても自然は容赦してくれない。カラダの声に気づいているにも関わらず無視して勝手に自分で解釈しても自然はすべてお見通し。もちろん何を食べても全く問題ない人もいる。

自己責任で覚悟はいるけれどヴィーガンライフ、私にとっては日々変化の連続、気づきの連続なのでワクワクする。長くなりましたが私と家族の体験でした。


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about(自己紹介)
自己紹介写真 こんにちは! 穀物菜食(VEGAN)という食スタイルに 出会ってから、ずっとつらかった原因不明の カラダの症状がいつのまにか消えていました。 動物性食品、ナス科の野菜(トマト、じゃがいも、なす、ピーマン、唐辛子)、アルコール、カフェイン、 白砂糖なしのVEGAN LIFE(ビーガン ライフ)を楽しみながら 日々の気になることを綴っています。

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