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Category:health  Tag:ヴィーガン / 健康 / 自然

私失敗しないので。ドクターXよりも完璧なドクターはあなたの内側にいる。

ドクターXもクールで結構好きだけど、内なるドクターは高額な医療費もかからず、無料だから使わないなんてもったいないと個人的にはついつい思ってしまう。外側に絶対失敗しない完璧なお医者さんを求めなくても自分の内側に超完璧なドクターがいるとしたらワクワクしませんか。

内なるドクター、内なるプログラムが起動すると、違う言い方をすれば「私」とか「マインド」とか「感情」などによって行動を支配されるのではなく自然の一部である「カラダ」が優勢になって健康と病気の二極の世界から解放され、あるがままでいられる。究極の調和、何があっても大丈夫、守られている絶対的な安心感を感じるというか。

もともとみんなが持ち合わせている内なるドクターは、良いも悪いもなく、穏やかな時もあれば、時には容赦なく嵐のよいに厳しく激しい時もある。厳しい時というのは痛みだったり恐怖してしまう生命現象。津波や台風、地震と自然は容赦ないですよね。それに対して私たちの感情がよい悪いとか病気と健康、怖い、怖くないと判断しているだけで。自然、内なるドクター、自然の一部であるカラダはそんな二元的な私たちの世界、考え方を超えている。でも必ず内なるドクターは私たちを様々なプロセスを経て最終的には心地よいところ、調和、自然の流れの中へ完璧に導いてくれる。

これは頭で考えて理解するものでもないようで。やっぱり毎日カラダという自然との対話から次第に腑に落ちてくるような気がしている。両親もはじめは私の話をふーんと言った感じで耳を傾けるけれど他人事な感じで。

実践していくと、外側には何もないんだなということが実感できる。そう、内側に全てが存在する。そんな感覚、意識に少しずつ近づいていくというか。

はっきり言って内なるドクターはドクターXよりも完璧(笑)。特別な技術を要する複雑で高度な手術や高価な薬も必要なかったりする。本当に完璧。内なるドクターを呼び起こすことによって、本当に病院へ通う必要のある人だけが病院へ通うようになるからお医者さんはもっと必要な仕事に集中できるようになり病院も助かるような気がしますが…。

外側は、全て自分の内側が映し出されていて、外側の戦いは全て内側の葛藤。病をなんとかしようとか病と戦うことは内側の葛藤のあらわれ。そんな話を随分前から耳にしていましたが、ようやく腑に落ちてくるようになってきた。

こんなこと言われてもヴィーガンになる前はふーんと全く理解できなかった自分を思い出す。理解、この表現も厳密にいうとちょっと違う。わかる、これも違う。なんというか説明して、マニュアル、テキスト通りに「はい、そうですね、わかりました。」の世界ではないのは確か。自分が今そうだから。そしてみんながやらなければならないことでもないし、強制するものでもない。だから誰のせいにもできないしある意味自己責任、厳しい世界(笑)いや厳しくもないかな。勝手気ままに自由にやリナがらワクワクするから続けているんだと思います。というかやめたくない。どんどん自分自身の本質、未知なる部分へ近づくというか気づいていけるから。気づき、変化は楽しい。そんな体験をしたいかしたくないかは自由。でも実践後のココロとカラダの軽やかさは本当に魅力的。パフォーマンスも上がるり、悩みがなやみでなくなるというか。

信じるものは、外側の誰かや何かでもなく、方法論でも教材でもなく自分の中にあるドクター、あなたの中にあるプログラム、自然、なんといったらいいのかわからないけれど目に見えない内なるもの。そしてうれしいことにタダ。

ヴィーガンといっても、カフェイン、アルコール、合わない甘味料など自分に必要ない合わない食生活から少しずつ離れて、はたからみると食にこだわっている人と思われがちですが全くその逆で、誰が作ったかよくわからない食生活、こだわりからもともとのシンプルなオリジナルのスタイルを思い出しもどっていく感じ。そしてカラダだけでなく自ずと意識も現実も全てが変化していく。脳なのか頭なのかインストールするところはどこだか知らないけれどいつのまにか古いOSが新しいOSに書き換えられているというか再インストールされるというか。

そうなってくると、生まれる前から備わっている完璧なあなただけの内なるドクターが動きだす。あれをしたい、こうしなければ、あの人はこう言ったなど外の情報に振り回されたマインドからの指令が弱くなり自然の一部である肉体からの指令が優勢になる。これが強くなってくると自然の一部であるカラダに逆らえなくなる。例えば眠気にも(笑)。眠気をどうにかしようというのがマインド、エゴの仕業。命の立場で生きていならば、自然の一部であるカラダに逆らってはいけない。サレンダー。こうやってあなた本来の姿を司るプログラムが自動的に起動するイメージと私は勝手に思っていて。自然の流れの中にカラダがもどっていくと、あとはなりゆき、自然、カラダ、プログラムに沿って今に集中、楽しむだけ。

カラダも人それぞれ全く同じものはないわけで、内なるプログラムも人それぞれ違ってあたりまえ。全く同じプログラム、プロセスがないということは、内なるドクターだけでなく、私たちの人生、プロセスにおいても全く同じではないんだということも自然に受け取れるようになってくる。それぞれがそれぞれの道で輝いているという感じ。食スタイルの変化からそこに繋がっていくからおもしろいんだと思う。本来の自分を思い出していくプロセスは良いもの悪いもなく私にとってはワクワクする。

そう感じるから、自然の一部である肉体、内なるもの、プログラム、神、何と表現していいかわからないけれど、すごいなぁと思うし、いかさない手はない。気づかなかった、忘れてしまっていた、自ら無意識に封印していた本来の自分の人生をますます味わってみたくなってくる。

自己中という意味ではなく、心身ともに自分中心になってくると外側の情報、もの、人などに振り回されなくなってくるきがする。例えばウィルス。これも情報、波動があり、エネルギー。インフルエンザや風邪がいくら流行っていて外側にウィルスがたくさん存在していても、カラダが調和してあるがままでいればそのウィルスというエネルギー、情報、周波数が合わないから全く問題がなくなってくる気がしていて。だからウィルスが存在しても退治する必要もなくなってくる。ウィルスが存在しながら今ここでくつろげるそんな世界。まさに戦わず共存する。そんな変化、戦わない世界に私はワクワクする。人や仕事、すべてに対して戦わない態度になってくる。ただし、自然の成り行きに身をまかせるというか、カラダ、自然の声にはサレンダーすることが大切ですが。日々命の立場になって無理にがんばらない。

全ては自分。全ては自分がつくりだしている。私自身も私のカラダに合わない必要なかった食べ物を誰がつくったのかわからない常識やマニュアル通りに、つまりは外側の情報に振り回され無意識に食べて、自然の一部であるカラダが自然の流れから逸脱してしまったために、今思うと10代から原因不明のあらゆるカラダの粘膜のただれ、神経痛、熱、咳、鼻水、かゆみに苦しんでいました。薬をもらっても何をしても治らなかった。で、重い荷物を運んだからとか、過去の出来事、誰かのせいにしていた自分を思い出す。

現在は医療費ゼロ。全部自分が無意識に病気をつくって苦しんでいた。医療費ゼロを目指しているわけではなく必要があれば病院へ行くとは思いますが、何も問題がなくなってくる。おかげさまで歯も今のライフスタイルになって十年以上問題なし。

食べることは、見える見えないに関わらず全てにつながっていくと感じる毎日です。


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about(自己紹介)
自己紹介写真 こんにちは! 穀物菜食(VEGAN)という食スタイルに 出会ってから、ずっとつらかった原因不明の カラダの症状がいつのまにか消えていました。 動物性食品、ナス科の野菜(トマト、じゃがいも、なす、ピーマン、唐辛子)、アルコール、カフェイン、 白砂糖なしのVEGAN LIFE(ビーガン ライフ)を楽しみながら 日々の気になることを綴っています。

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